第十四話 イリナの家族

 エーキンス皇弟殿下やハルックと別れた俺たちは、今晩の宿に向かう。

 その途中、ダイマスがデールさんに問いを投げかけた。


「そういえばデールさん。あの時、ハルックに何を言ったんです? 顔を青ざめさせて、なおかつ震えていましたが」

「ああ。あの場は騙し合いだったんだよ。お互いに一つずつ嘘をついていた。僕がついていた嘘は、君たちが騎士になった日だろ。そして彼がついていた嘘――それが勅命書だった」


 俺たちは揃って目を剥いた。

 ハルック……勅命なんて出ていないのに、勅命が出たと誤魔化していたのかよ。


「あの皇帝は頭が悪い。多分、僕たちが逃げ出したと聞くや否や、即座に追跡させたんだろう。勅命書を発行することなくね」

「それなら……」

「イリナの言いたいことは分かる。そこを突けばもっと簡単に逃れられたのにってことだろう? でも、それじゃダメなんだ」


 ダイマスが苦々しげに言う。

 どういうことだと意味を問う前に、一晩を過ごす宿屋に到着してしまった。


「……とりあえず入ろうぜ」

「……そうだね。せっかく頑張って説明しようと思ったのに!」


 ダイマスが頭を掻きむしりながら呟く。

 お風呂の時もそうだったけど、深いところを探ろうとすると誤魔化される。

 タイミングよく宿屋に着いたのも……作為的な力が働いたのだろうか。


「まぁ……考えても仕方がないか」


 いくら考えたところで、答えが出るわけでもないしな。

 切り替えて宿屋に入る。

 宿屋は二階建てで、俺たちは一人一部屋。すなわち個室を獲得した。


「いやー、疲れたー」

「そうだな。まさかエーキンス皇弟殿下に会うとは思ってもいなかった」

「そうね。あの人、目つきがかなり怖かったわ」


 それぞれの部屋に荷物を置いた俺たちは、ダイマスの部屋で寛いでいた。

 ギルドにいた時はゆっくり休めたことなんて数えられるほどしかなかったからな。

 何だか、逆に落ち着かない。


「それはそうと、イリナって剣士の娘だったんだね。名前を聞いた時からもしかしてとは思ってたんだけど。グリード伯爵は王城でも有名だし」

「そうね。私以外は立派な剣士への道を歩いているわ」


 どこか皮肉めいたセリフに首を傾げた時、彼女が発したセリフが思い出される。

 ――私はあの鬼がいる家に帰るつもりはありません!

 彼女にとって、母と妹はあまり好ましい存在ではないようだ。


「ちなみに能力は何だ? ライト・ソードが作られた速さが尋常ではなかったが」

「剣術強化です。だから剣の師匠でもあるお父様はかなり喜んだんですが……」


 母と妹からは嫌われていたと。

 剣術の家系で剣術強化の能力が出たのだから、さぞ喜ばれたことだろう。

 それが二人の嫉妬心に火を付けたってところか。


「家族の息がかかった追っ手の心配はあるか?」

「あり得るわ。あの二人は本当に執念深いから」

「父親が殺されかけた今の状況でもってわけか。かなり面倒だね」


 イリナが据わった目をしながら呟き、ダイマスが顔を歪める。

 どんな嫌がらせを受けたかは分からないが、執念深いというのは厄介だな。

 追っ手が来ることがほぼ確定してしまった。


「とりあえず明日は門に行くんですよね。能力を比べると精霊使いが厄介です」

「でも相手は大軍ですから魔法を使うしかないでしょう……」

「相手に奪われると面倒だから、魔法を使う前に倒す必要があるだろうな」


 裏切った冒険者が精霊使いの能力持ちだったから、他の人より詳しい自信がある。

 対処法は倒してしまうことだ。

 それは精霊使いが、相手の精霊を奪うプロセスに起因している。


 俺たちが魔法を使おうとすると、精霊が俺たちに代わって魔力を込めだす。

 相手はその魔力を感知して精霊の位置を特定。

 特殊な技をかけて自我を失わせたら、自分の思い通りの技を放ってもらうだけ。


 以上が、精霊使いの能力の仕組みだ。


 精霊使いは魔剣士ほどではないが貴重なので、大規模な囲い込みが発生する。

 ゆえに無所属の精霊使いはレアだ。


「無所属の精霊使いに頼むという手もあるが、この街にいるのかは分からないな」

「私の実家には精霊使いがいますよ。まあ私の妹ですけど」


 イリナが呟くと、それまで唸っていたダイマスが軽快な音を響かせて立ち上がった。

 手を叩いていたから何かを考えついたのか?


「どうにかして彼女を連れてこよう。そいつに精霊の奪い合いをしてもらうんだ」

「私の妹を追っ手の精霊使いにぶつけるということ?」


 イリナが驚いたように尋ねると、ダイマスは大きく頷いた。

 しかし非現実的な案だな。

 父親がいない以上、イリナの家族と接触するには自宅に帰らないといけない。

 さらに、彼女の妹が協力というか戦ってくれる可能性もほぼゼロだ。


「厳しいんじゃないか? どうやってイリナさんの妹を戦場まで引っ張るんだ」

「精霊使いだって魔法が使えないわけじゃないだろう?」

「まさか……追っ手と契約している精霊を報酬にして誘うってこと?」


 俺は思わず瞠目した。


 同系列の精霊ならば、複数人と契約することで魔法の出力が上がる。

 つまり言い換えると“魔法の出力を上げさせてあげるよ”という契約だということだ。


「――ッ!?」


 ダイマスは頷き、部屋のドアを何の前触れもなく開ける。

 すると黄金色の髪をしている少女が、声にならない悲鳴を上げながら転んできた。

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