第八話 弓使いの男
俺は咄嗟の判断で窓をゆっくりと閉めると、隠れる場所がないか部屋を見回す。
あいつはマズイ。完全に、暗殺などを生業としている裏稼業の人間だ。
なぜか冒険者を装っているようだが、雰囲気が誤魔化せていない。
「どうしたのだ!? まさか追っ手か?」
「分かりませんが、弓を持った冒険者らしき人物が階下にいました」
問いに答えながらも、室内をグルリと見回す。
べネック団長が険しい顔で、同じように隠れる場所がないか視線を走らせた。
しかし、クローゼットしか隠れられそうな場所がない。
「とりあえず旅行客を装え。そいつが二階に上がってきたら、浴場に行くぞ」
「了解です。わざと渦中に飛び込み、なおかつ二対二に分かれるんですね」
俺たちはちょうど男二人に女二人の構成である。
浴場に隠れることによって、性別が異なるペアがいるかを確認させないのだ。
つまり、俺たちでいえば、連れとしてイリナたちがいるのかは確認できない。
本人確認が取れないのが分かっているため、似ているだけの人で強引に押し通す。
「あくまで時間稼ぎの策だがな。それで弓のヤツが去ってくれれば……」
「べネック団長、後ろを見てください!」
「何だ? ……っ!?」
苦い顔をするべネック団長の後ろに、弓を持った怪しい男が静かに立っていた。
あの位置からなら、弓で殴ることも出来るだろう。
いや、そもそも俺たちに気づかれずにどうやってこの部屋に入った!?
首を傾げながら後ろを振り向いたべネック団長は、弓の男を視界に入れて固まる。
「お前、どうしてここに……」
「ヘルシミ国王からの指示です。“何としてでもべネック団長を生きて返せ”と」
そう言って一礼する男。
しかし、俺たちからすれば彼は正体不明の怪しい人物である。
べネック団長と親しげに話していることから、少なくとも敵ではなさそうだが。
「ちょっと待ってください。あなたは誰ですか?」
「僕はヘルシミ国王の指示で皆さんの護衛に来ました、弓使いのデールです」
「ヘルシミ国王? つまり国王は僕たちに来て欲しいということですか?」
ダイマスが怪訝な表情で尋ねると、デールさんは当然といった感じで頷く。
べネック団長が安堵の表情をしていた。
やっぱり、他国の人間が受け入れられるのかという疑問は常にあったに違いない。
「リ―デン帝国随一の魔剣士に、有名剣士の娘さんに元宰相ですからね。ヘルシミ国王もあなたたちと会えるのを楽しみにしていますよ」
こちらの不安を払拭するためか、デールさんが快活な笑みを見せた。
べネック団長は手紙を送ったって言っていたけど、心配は無用だったみたいだな。
「ちょっと待て。私が三人をスカウトしたことを、どうやって知ったんだ?」
「元々あなたには影をつけていましたから。その影から通信石で連絡を受けたので、すぐ国王陛下に指示を仰ぎ、護衛命令が出たのでここに参りました」
デールさんが一枚の紙を見せながら、べネック団長に説明する。
あれが、国王が命令を出したことを証明する文書――いわゆる勅命書だな。
「そういうことか。分かった。護衛をよろしく頼む」
「ええ。ティッセさんに、ダイマスさん、イリナさんもよろしくお願いします」
デールさんが、俺たちに向かって頭を下げる。
一応は護衛対象だからか、気を使われている感じがして、何だか落ち着かない。
それはダイマスとイリナも同じだったようで、何ともいえない表情だ。
「デールさんでしたっけ? 俺たちに頭を下げる必要はないですよ」
「えっ……?」
「何だか落ち着かないんですよ。だからいつも通りに接していただけると……」
俺がそういうと、デールさんが眉をひそめた。
どうやら納得がいってないようだな……などと思っていると、ダイマスが動く。
「あなたに特別扱いされると、どうにも落ち着かないので、僕たちもデールさんを特別扱いすることになるんですけど……いいですかね?」
黒い笑顔でダイマスが問いかける。
護衛対象に気を使われるのはマズいのか、デールさんが慌てて階下を指さす。
勅命でもあるのだから、半端な仕事をするわけにはいかないのだろう。
「えっと……あの……気分転換にお風呂でも入りませんか?」
「誤魔化すのが下手だね。まあ、いいや。僕もちょうどお風呂に入りたかったし」
切り替えが早いのもダイマスの特徴であった。
どこかホッとしたようなデールさんと一緒に浴場に行こうとすると、女性陣も同時に立ち上がる。
「私たちも入るか。明日は朝早くから出発したいからな」
「そうなんですか。でしたら私もご一緒しますわ」
結局、全員がお風呂に入ることになり、揃って浴場へ向かうのだった。
その途中、村の中がやけに騒がしいことに気づく。
「何かあったんですかね。柵の前に人が集まっていますよ」
「さあ? お風呂に入ってから、なおも騒いでいるようなら行ってみるか」
べネック団長が、人だかりを一瞥した。
この村には害獣や不審者が入ってくるのを防ぐためか、簡易的な柵があるし、槍を持った警備も駐在している。
最も、警備といっても村の自警団なのだが。
「そうですね。あまり目立つのもよくありませんし」
「今はお風呂が恋しいもんね」
ダイマスが同意するように頷き、イリナがまだ見ぬ秘湯への思いを吐露する。
喧騒をよそにしばらく歩くと、お風呂の入り口が見えてきた。
最初の追手に会うまで……あと二十分。
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