第七話 状況確認

 王都から馬車で二時間ほどのところにある小さな村――ロンド村の宿屋に到着した俺たちは、ダイマスと泊まる二人部屋で、夜空を見上げていた。


 こうして静かな時を過ごしていると、ついついリーデン帝国の動きを考えてしまう。


 隣国の人間であるべネック団長がいるから捕まる心配はない……とは言い切れないのがリーデン帝国だ。


 すでに俺たちが王都を出発してから三時間ほど経っているが、このまま隣国に行くのを、みすみすと見逃してくれるのかという疑問が湧いてくる。


「随分と憂いを帯びた表情だね。考え事?  もしかして追っ手のことかな?」

「そうだな。このままヘルシミ王国に行かせてくれるのかなって」

「可能性は限りなく低い。皇帝は執念深いから、必ず罠を仕掛けているはずだ」


 トイレから帰ってきたダイマスが、苦々しい顔で断言する。

 宰相として皇帝のそばにいた彼が言うのなら、間違いはないだろう。

 問題は、その罠がどこにどんな形で仕掛けられているのかと言う話に発展する。


「この村にも、既に追手が潜んでいるんじゃないかな? 多分だけどね」

「物騒なことを言わないでくれ!」


 ダイマスが無表情で窓の外を見つめ、縁起でもないことを呟く。

 そういうことを言われると、罠が仕掛けられている気になってくるじゃないか。

 心臓に悪いから、本当にやめてほしい。


「ティッセ、ダイマス。話し合いを始めよう。入ってもいいか?」

「いいですよ」


 開けっ放しになっていた扉から、べネック団長とイリナが顔を見せた。

 敵に対抗するためにも、作戦は練っておいたほうがいいだろう。

 そう考えた俺は、ダイマスと顔を見合わせてから、女性二人を招き入れる。


 部屋の隅に置いてあったテーブルに腰かけた俺たちは、話し合いを始める。

 会話の口火を切ったのはべネック団長だった。


「さて、奴らはヘルシミ王国に圧力をかける準備を進めているだろう。でも、それは大した問題じゃない。大切なのは、ヘルシミ王国側がどう動くかだ」

「そうですね。せっかく国外に脱出しても、あちらが受け付けてくれなきゃ、脱出した意味がありません」


 下手をすれば、両国の関係悪化を防ぐために、リーデン帝国とヘルシミ王国が共謀して俺たちを追い詰めてくる可能性すらある。


 最も、実際にそんなことになったら、俺たちに待っているのは破滅だけだが。


「そうだな。実は、私もそれを警戒しているんだ。だから対抗策として影の者に手紙を渡したが……答えが返ってくるのは、早くても一週間後だろうな」

「七日後ですか……。そうなると国境付近まで進んでいるでしょうから、何とかなりそうですね」

「いや、そうともいえないぜ。奴らが何か仕掛けてくるのなら、国境じゃないか?」


 国境はリーデン帝国にとっては、最後の砦に他ならないだろう。

 だって、俺たちが一歩でも門を超えてしまえば、ヘルシミ王国の傘下に入ってしまうのだから。

 俺の意見に同意するように、べネック団長も真剣な表情で、首を縦に振った。


「私も同じ考えだ。国境付近には、確実に何かが仕掛けられているだろう。この国は戦争を仕掛けられることが多いからな」

「確かに、国境付近には高い壁と立派な門がありますものね。つまり検査がある」


 イリナの言葉に、ベネック騎士団長が頷く。

 検査ということは、乗っている人物や荷物も全て見られてしまうということだ。


 商人の馬車に誤魔化せないことはないと思うが、俺は魔剣士として顔を知られているし、元宰相のダイマスや隣国の騎士団長であるべネック団長も同様であろう。


 イリナだけはよく分からないが、彼女一人に対応させるのも無理があるからな。

 打開策を思案していると、ダイマスがポツリと漏らす。


「ただ……皇帝やギルドマスターが自ら出て来るということは考えにくい」

「レベルが高くてもシーマさん程度ってこと?」


 一縷の望みにかけてイリナが尋ねたが、ダイマスは即座に否定の意を示す。

 シーマ程度の強さの奴しかいないんだったら、どれだけ楽か。


「さすがにシーマさんよりも強い人が出てくるよ。具体的に言うと騎士団長、ギルドマスター辺りかな」

「それなら心配はいらない。この国の騎士団長との戦いで負けたことはないぞ」


 べネック団長が得意げに言う。

 しかし、この国の事情に詳しいダイマスはゆっくりと首を横に振った。


「四つある騎士団のうち、第三騎士団と第四騎士団は中立の立場のはずです」

「そういえば、私が勝ったことがあるのは第三騎士団長と第四騎士団長だけだな」

「敵になるであろう第一騎士団長と第二騎士団長は合同訓練が嫌いですからね。そんなことだろうと思っていましたよ。ですからこちらが有利だという保証はどこにもありません」


 まあ、べネック団長がいるから必ず戦いに勝てるわけではない。

 敵は絶対に逃がしてはならないため、大軍を用意していることが容易に想像できる。

 対してこちら側の戦力は四人だけ。


 つまり今回の戦いで重要なのは、いかに早く門を突破するかというところだろう。

 言い換えれば、門をどれだけ早く壊せるかということだ。


 俺は策を考えながら空を眺めていたが、異質な気配を感じて階下を見つめる。

 目を凝らして見つめると、弓を持った冒険者らしき男がいるのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る