幕間 リーデン帝国重役会議 (Ⅰ)

 リーデン帝国の中心部にある帝国城では、まさに会議が始まろうとしていた。参加者は皇帝、近衛騎士団長、全ての騎士団を統べる騎士総長、そして第一騎士団から第四騎士団までの団長である。


「まずはお主らに報告だ。宰相であったダイマス=イエールを先ほど解任した」


 皇帝が口火を切ると、四人の騎士団長がそれぞれ驚きの表情を浮かべた。

 特に、彼と親しかった第四騎士団長は目を大きく見開いて叫ぶ。


「皇帝、どうしてですか!? ダイマス宰相はあなたの……」

「あの者と我の外交方針が会わなかったのだ。これから我が国は侵略方式で行く」

「なっ、何ですと!?」


 絶句する第四騎士団長、ハリー=オスカル。

 ダイマスとは仕事上の付き合いだったものの、それなりに仲が良かった。


「お待ちください。まさか外交関係を全てリセットしてしまうおつもりですか?」


 怪訝な表情で手を上げたのは、第三騎士団長を務めるヒナタ=パール。


 口が上手いため、外交の使者としてダイマスに信頼されていた女である。解任されたダイマス=イエールと個人的な友好があり、仕事でも信頼し合っていた仲だ。


 事情を聞いたときの衝撃も人より大きかったであろう。


「ああ。我の外交方針に賛成してくれる後任の宰相も決定しているぞ。入ってよい」

「失礼いたします」


 帝国の重役が揃う会議室に入ってきたのは四十代後半の女性だった。

 猛禽類を思わせる鋭い目をしており、心臓を圧迫するような謎の威圧感がある。


「新宰相のフーナ=カイザーだ。彼女も不正事件解決に協力してもらう手筈だ」

「お任せください。必ずや犯罪人を捕まえてみせましょう」


 フーナが妖しく微笑むと、威圧感に耐えられなくなった第二騎士団長のヘールス=ジャックがポツリと呟いた。


「よろしくお願いします、フーナ宰相。それと……【威圧】を止めてください」

「あら、分かってしまいました?」


 わざとらしい笑みを浮かべたフーナが、最大レベルで出していた【威圧】を消す。その瞬間に、心臓を圧迫するような感覚は消え去った。


「顔合わせも終わったところで、次の議題に移るぞ。異論はないな」

「はい。ございませんわ」


 皇帝の向かいに座っているヒナタが一礼した。もちろん彼女としては、自身がダイマスとともに策略を張り巡らせてきた外交に未練がある。


 しかし、この国は皇帝がルール。彼が議題を移すと決めたのならば、ヒナタはそれに従う以外に選択肢はない。


「まずは当事者を呼んでおくか。入ってきなさい」


 皇帝が再び入室の許可を出す。


 ドアが開く音とともに入ってきたのは冒険者ギルドリーデン帝国支部のギルドマスターを務めるハンル=ブルーダル。れっきとしたティッセの上司である。


「失礼いたします。今回はこのような場所に呼ばれたことで緊張しておりますが……」

「それはそうだろうな。この場所には我以下重鎮しかおらぬ」


 皇帝がニヤリと笑う。

 ハンルがぎこちない笑みを返すと、皇帝は浮かべていた笑顔を黒いものに変えた。


「して、ハンルよ。首尾はどうだ?」

「皇帝様の寛大な措置に感謝を申し上げます。報酬を不正に受け取ったのは、あのティッセ=レッバロンに他なりませんな」

「うむ、それで良い。お前は我が国に必要な戦力だ」


 皇帝は満足げに頷いたが、ハンルの背後に座っている騎士団長たちは、揃って目を丸くしていた。


「ギルドマスターの不正を貴重なSランク冒険者に押し付けたのですか?」

「皇帝陛下、それはいかがなものかと……」


 第一騎士団長、ハルック=モーズが目を見開いて尋ねる。

 その脇では、騎士総長のダン=シークエルが顔を苦々しく歪めていた。

 会議室が嫌悪な空気に包まれたとき、近衛騎士団長のオール=マイズが口を開く。


「ハルック殿、ダン殿。まさかとは思うが、陛下の決定に異を唱えるおつもりか? ご自身の立場をわきまえるがいい」


 オールは剣術の腕だけなら帝国一の腕前を誇る男で、皇帝の護衛も務める人物だ。

 彼の言葉に反対できる者はおらず、全員が押し黙る。


「我が帝国にとっては冒険者の小童より、そこにいる男が大事だったというだけのことよ」


 オールが感情を失ったような声で続けた。

 ハルックが帝国の闇の部分をヒシヒシと感じ取っていると、宰相のフーナが突然動き出す。


 彼女がドアを開けると、副ギルドマスターのマルティーク=ラーズが廊下に跪いていた。


「失礼いたします。ギルドマスターに報告したい事項がございます」

「何ですか? この場で報告なさい」

「不正事件の容疑者二人が、ヘルシミ王国騎士団の手引きで逃亡したそうです」


 この場合の二人とは、当然ながらティッセとダイマスを指す。

 報告を聞いた皇帝は顔を真っ赤に染め上げ、机を強く叩きながら立ち上がった。


「何だと!? フーナ、お前の初仕事だ。方法は問わん。ヘルシミ王国に圧力をかけろ。騎士団長どもは、部下と協力して奴らを追え!」

「了解いたしました」

「確かにご命令を承りました。今すぐ容疑者を追跡いたします」

「騎士団の誇りに誓って全力を尽くしましょう」


 フーナ、ハルック、ヘールスが退出していく。

 すぐに騎士団の寮に戻って部隊を編成してから、ティッセたちを探しに向かうつもりなのだ。


「私たちは探しているフリをして、明日の分の業務を先に済ませておきましょう」

「分かっています。あの人たちが隣国で活躍して、あの暴君を退けてくれれば……」

「可能性は低いわね。でも、期待する気持ちも痛いほど分かるわ」


 ヒナタとハリーも退出したものの、容疑者の追跡には参加しない方針で結託。

 彼女らにとってはダイマスに逃げ切ってほしいという思いが強かったのであろう。


 最後にギルドマスターと副ギルドマスターが一礼したうえで退出。

 皇帝、近衛騎士団長、そして騎士総長は三人だけとなった会議室で怪しく微笑み合う。

 ティッセたちが知らないところで決戦の舞台は整った。

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