第六話 得られたもの、失ったもの
「光の精霊よ、私の求めに応じて辺りを照らせ出せ。【ライト】!」
「眩しい……」
光の精霊に気に入られているシーマの仲間によって、ここら一帯が煌々と照らされ、イリナがあまりの光量に悲鳴を上げる。
シーマに見つからないように、闇に紛れていた俺たちにとっては最悪の状況だ。周りが明るくなったせいで、俺たちがどこに隠れているのかが分かってしまう。実際に、相手の仲間の何人かがシーマに俺たちの位置を報告しているのが見えた。
「マズいな。戦う準備をしておいた方がいい」
「ああ。アイツらの狙いは僕ら三人のはずだ。絶対に捕まるわけにはいかない」
宰相として二年間働いていたのだから、地獄の取り調べにも同席したことがあるのだろう。その声には、並々ならぬ決意が込められていた。
俺が剣の柄に手をかけたのと同時に、主力同士のぶつかり合いが始まる。相手は兵力を半分に割いているため、約半数の冒険者たちがこちらに向かってきていた。
「全く、そんな軽装備でこの僕に勝てるとでも? 氷の精霊よ、彼らを凍らせ。【氷結槍】」
ダイマスさんが氷魔法で相手の足を凍らせていく。それでも数人は高ランクの冒険者なのか、氷魔法を上手く避けて突っ込んでくる。
「そこまでですわ。風の精霊よ、彼らを吹き飛ばせ。【ハリケーン】」
しかし俺たちに斬りかかるよりも前に、イリナが放った風魔法によって吹き飛ばされていく。まるでこちらが蹂躙しているような感覚がするが、俺たちは攻められているんだよな?
「全く……氷の魔法なんぞ火魔法で溶けるだろう。【焔】」
「僕の魔法を無詠唱で溶かした!? あのシーマとかいう奴は何者だ?」
「アイツは精霊使いだ。恐らくは俺の精霊の力を無理矢理借りて氷を溶かしたんだろう」
この世界では、生まれたときに必ず一つは能力を持っている。能力は個々によって様々で、全ての効果を把握することは不可能だと言われている。
その中でも精霊使いは、他の人の精霊の力を使うことができる能力だ。冒険者時代は俺の精霊を使わせてあげたこともあったが、まさかここで使ってくるとは! なおも対峙しているべネック団長も顔を歪ませている。
「まさか私との戦闘中に油断する暇があるとは……驚いたな」
「あの詐欺師に強力な技術を仕込まれましたから。それについては感謝してます」
その技術が俺たちに牙を剥くなんて、アイツを――シーマを信頼していたころの俺は考えもしなかった。
まったく……日常っていうのは脆いものだよ。だからこそ、どんな犠牲を払ってでも、掴み取りたくなるんだけど。
「それならば、もう一段階上の技術を仕込んであげるよ。火焔流二閃、【焔斬】」
「グァッ……何でそこから攻撃が届く!?」
聞くに堪えない悲鳴を上げたシーマが、不可解だというような表情を浮かべてこちらを見やる。
俺が放ったのは、火属性の効果が付与された斬撃を飛ばす技だ。普通の人ならば至近距離まで近づかないと無理だが、俺ならある程度離れていても届く。相手の意識外から攻撃する一番の得意技だ。
「イリナさん、今のうちに畳みかけましょう。氷の精霊よ、彼を凍らせろ。【氷雪六峰】」
「分かりました。風の精霊よ、彼を飛ばせ。【トルネード】」
後ろからダイマスさんとイリナの魔法が飛び、シーマは凍った後に宙を舞う羽目になった。地面に叩きつけられたシーマを見て、仲間たちは顔を青ざめさせる。
「これでもまだ戦うか? 私たちは一向に構わないが、こうなってもよいという覚悟が欲しいな」
「嫌です! ゴメンなさい!」
べネック団長の恫喝に、仲間の冒険者たちは、あっという間に退散していく。俺たちは騎士となって最初の戦いに勝ったのだ。
でも……アイツらに勝って嬉しいはずなのに、気が晴れないのは何故なのだろう。
「コイツは目覚めると危険だ。草むらに放っておけ」
「馬車の邪魔にもなりますしね。でしたら道の脇にある森の中でいいですか?」
中腹ならすぐには追って来れないだろう。森の中だから方向感覚も失われるし、俺にしては妙案だと思うのだが。
「そこでいい。ギルドマスターなどに来られると厄介だ。早く置いてきてくれ」
「了解です。ダイマスさん、手伝ってくれませんか? 俺だけでこいつを運ぶのは無理です」
さすがに大人の体を一人で運ぶのは無理だ。ダイマスさんは小さく頷くと、シーマの両足を持ち上げてから森の方角を睨んだ。
「あっちでいいんだよね?」
「そうです。本当にギルドマスターは厄介ですから早くしましょう」
森の中腹にシーマを下ろしたとき、奥の方から苛立ったような声が聞こえてきた。
間違いない。何を言っているのかまでは聞き取れないが、ギルドマスターのハンルの声だ。俺たちは顔を見合わせると、急いで馬車があるところまで戻る。
「べネック団長、ギルドマスターの声が聞こえました。ここは危険だと思います」
「マズいな。見つかっていない今のうちに行くぞ! 速やかに馬車に乗れ!」
「分かりました。ティッセさんもダイマスさんも早く乗って下さい!」
馬車の中から手を伸ばすイリナに掴まって中に入ると、自然にため息が出た。
何のため息かは分からない。
みんなが変わってしまったことに対するため息か、それとも単純に疲れただけなのか。あるいはその両方なのかもしれないな。
「ティッセ、泣いたらどう? あと……僕に対して敬語はもういいし、呼び捨てで構わない。今の僕は君たちの仲間に過ぎないんだ」
「そうで……そうか、分かった。ありがとう」
俺はダイマスが返してくれたハンカチを目に当て、先ほどの彼のようにすすり泣いた。雨のように溢れてくる涙に驚く。
俺、こんなにも泣きたかったんだ。辛い思いを隠していたんだ。
冒険者になったとき、感情は出来る限り隠してみんなのヒーローになると決めた。
でも……そんなことをする必要はもうないんだ。自分の気持ちをさらけ出して、みんなとちゃんと向き合おう。喧嘩になっても、隣にいる仲間となら大丈夫。必ず乗り越えられる。
新しい門出を祝うように、空には明るい星が瞬いていた。
俺たちは空を無言で見上げながら、新しい生活への希望と不安を募らせていく。
暗闇を進むこと数十分。
俺たちはとある村の宿屋に到着したのであった。
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