第五話 まだ見ぬ仲間
「あの……あなたがティッセ=レッバロンさんですか? 」
「そうですが……どうして俺の名前を知っているんです?」
「彼女が一人目の仲間だからだ。会場の中心にいたのを何とか見つけてきた」
べネック団長が重い足取りで歩いてきて、近くのソファーに座った。とにかく人の数だけは多いパーティー会場を歩き回るのはかなりの重労働だからな。人探しに奔走するのはさぞかし大変だったであろう。
心の中で慰めの言葉を掛けていると、女性が俺と正面から向き合うように動く。
「イリナ=グリードといいます。私も今日、中庭に呼び出されて騎士団にスカウトされたんですよ。これからよろしくお願いしますね」
「ティッセ=レッバロンだ。こちらこそ、これからよろしく」
手を差し出すとイリナは顔を赤らめて、手を取ることなく俯いてしまった。
まさか……手を差し出すのは失礼なのか!?
社交界でのルールには疎いため、何か失礼なことをしてしまったのではと焦る。すると顔を上げたイリナが花開くような笑みを見せて、お互いの手を重ね合わせた。
「これからよろしくお願いします。ティッセさん」
「ああ、こちらこそよろしくな。イリナさん」
お互いに挨拶をし終えたとき、パーティーの終わりを告げるベルが鳴り響いた。
ここからどうする気なのだろう。べネック団長の話では、もう一人の仲間がいるはずなのだが。探しにいく様子がないので、向こうから来るのだろうか。
そのまましばらく経つと、俺たちの後ろから静かで優しい声色が聞こえてきた。
「べネック団長、申し訳ありません。皇帝のせいで、少々遅れてしまいました」
「なっ……ダイマス=イエール宰相!? どうしてここに!?」
「僕が君たちの仲間になったからさ。窃盗の疑いをかけられて追放された」
「彼も君と同じように疑いをかけられたのだ。さっきティッセが見た暴徒の半分は、彼を捕まえるために動いていたはずだぞ」
「何ですって!?」
べネック団長の説明に愕然とするしかない。二年間もこの国の宰相として働いていたのに、最後はこんな形で終わるなんて……!
隣を見れば、イリナも何ともいえない表情を浮かべていた。
「ここにいる者は、それぞれがここで失墜したものたちだ。安心しろ。私が必ず守ってやる」
「頼りにしています。この国にいても、もう僕が仕え始めたころの皇帝はおりませんから」
皇帝に呼ばれたと言うのは、宰相職の解任を伝えられたということだろうか。
――そんなの、残酷過ぎるだろ。
俺であれば心が折れてしまいそうな経験をしたのにもかかわらず、ダイマスさんは無表情。本当に彼は強いんだな。
「話はまた馬車の中で行うぞ。見つかる可能性も高いし、今は少しでも早くここを出たい」
「そうですね。出ましょう」
俺たち三人は頷くと、出口まで移動を開始する。表から出ると暴徒たちと鉢合わせする可能性があるので、裏口からだ。
城を発つとき、ダイマスさんが普段は優しく煌めいていた瞳を、酷く悲しげに揺らしていた。本当に……皇帝のことを心の底から信じていたんだな。でも、彼はあっさりと裏切られてしまった。深い海の底のように蒼い髪が靡くたびに、彼の心も沈んでいっているように感じる。
……前言撤回。彼は決して強いわけではない。
「ダイマスさん、これ、要ります?」
「何だこれは。……っ!? そうか。君は僕の心を見透かしているようだな。ありがとう」
俺が渡したのはハンカチだ。ダイマスさんは泣きたがっているのではないかと、直感のようなもので感じた。
彼の心は深い悲しみで覆われているのだから。
でも、宰相として常に強くあれと教育してこられたから、その感情を上手に処理できないのだろう。だったら俺がサポートして処理させてあげよう。それがこれから一緒に切磋琢磨していく仲間のために俺が出来る事だと思うから。
やがて、隣からすすり泣きが聞こえて来た。ダイマスさんはしっかりしているように見えるが、実際は俺よりも年下なのだ。そりゃ、心が強いはずもない。
「ダイマスさん……やっぱり辛かったのですね。でもティッセさんも悲しそうですよ?」
「えっ、俺が?」
思ってもみなかった言葉に驚く。確かに裏切られて辛いといった感情がないわけではないが、表情にまで出ているのか?
みんなが憧れるような冒険者になろうと、感情を表に出さない訓練を行ってきたはずなのに。
あれ……もしかして、俺もダイマスと同じなのか?
「もうすぐ馬車の乗り場に着くぞ。ただ、馬車の周りに厄介な奴らがいるな」
「恐らく冒険者でしょう。ティッセさん、アイツらについて知っていることはありませんか?」
「えっと、あそこにいるのは……シーマ!?」
俺は素っ頓狂な声を上げてしまい、湿った手によって口を塞がれる。ちらっと横を見ると、右手で剣を構えたダイマスさんが、射殺さんばかりの鋭い視線でこちらを睨んでいた。
完全なる失策だ。今ので気づかれただろう。
「その声は逆賊たるティッセだな。僕の名前を気安く呼びやがって! どこだ!」
「貴様らは何者だ? その馬車がヘルシミ王国の馬車と知っての狼藉か!?」
氷のように冷たい声を出してべネック団長が威嚇する。シーマは一瞬だけ目に見えて怯んだが、すぐに態勢を立て直して毅然たる声色で告げた。
「ティッセ=レッバロンを引き渡してもらおう。奴はこの国で裁かれるべきだ!」
「それは無理な相談だな。彼は、この国で犯罪者となる前から、我が国が騎士としてスカウトしていたのだから。既に我が国の庇護下にある!」
べネック団長の口上を聞きながら、俺は感心していた。
これは使える嘘かもしれない。俺がギルドをクビになった後にスカウトされたという証拠などないのだから。
ヘルシミ王国の庇護下にあれば、シーマたちだって手出しできないそな。
「そうですか。ならば力ずくで奪うまで。お前が死んでしまえばどうとでも言い訳できる」
「そっちがその気なら、こっちも全力で応戦するまでだ」
豹変したシーマにそう言って、腰に差してあった剣を抜くべネック団長。相手の位置は見えていないだろうに、お互いが剣の切っ先を敵の正面に構えている。二人とも戦闘勘は優れているんだな。
隣国行きの馬車の前で、シーマたちを相手とした闇夜の戦いが始まった。
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