第四話 捨てる神あれば……

 しばらく中庭でボンヤリとしていると、俺の前に、落ち着いた雰囲気の銀髪が特徴の女騎士が立った。


 彼女は隣国であるヘルシミ王国の第三騎士団長、ベネック=シーランじゃないか。そんな人物が、先ほどギルドをクビになったばかりの俺に何の用なのだろうか。


「初めまして。私はヘルシミ王国第三騎士団長のべネック=シーランです。あなたとお話をしたいと思って、声をかけさせていただきました」

「元Sランク冒険者のティッセ=レッバロンです。他国の騎士団長が来ているなんて珍しいですね」


 皇帝は他国の騎士団を極端に嫌っているのだ。だから、自身が主催するパーティーに他国の騎士を呼ぶことはない。理由は分からないが、他国の騎士団に肉親を殺されたからであると言われている。


「身分を隠して参加していますから」

「なるほど。それでお話とは? 数日間、満足に寝ていないので疲れているのですが……」


 仮眠室でもいいから早く寝たいな……。


 そんなことを考えた自分に気づき、苦笑いを隠し切れなかった。そのギルドにあらぬ罪を被せられて追放されたのに、ギルドの施設を使えるわけがないだろう。


「どうしたんですか?」

「何でもない。それよりも早く話とやらを聞かせてくれないか?」


 俺が低めの声で呟くと、べネック団長は肩を竦めて、肩にかけていたカバンを漁る。彼女が取り出したのは一本のワインだった。


 それを見た俺は天を仰ぐ。おいおい、何でワインを出すんだ。疲れているから早く話を聞かせて欲しいのに。


 そんな暗い感情を察したのか、彼女は近くにあった長椅子に座って隣を軽めに数回叩く。ここに座れということだろうか。


 断っても面倒だと考えて素直に座ると、彼女がグラスに注がれたワインを差し出してきた。それ、俺の味覚では渋すぎるんだがな。


 付き合いということで今は我慢することを決め、ゆっくりとグラスに口をつける。


「それでは本題に入らせていただきます。単刀直入に言いますね。私が指揮する第三騎士団に入っていただけませんか?」

「ちょっと待て。まさか、今しがたギルドをクビになったことを知っているのか」


 やっと本題が出て来たと思ったら、まさかの黒幕疑惑。頭の中で要注意人物にリストアップしておく。


 しかし、俺の予想に反して彼女は首を横に振った。


「元々スカウトするつもりでした。まさか手放されているとは……」

「なるほどな。ギルドから引き抜こうとしていたってことか」


 特に何もされていないのに、奴隷身分にされた怒りから、つい棘のある言い方をしてしまった。完全な八つ当たりである。


 流れる沈黙の時間に罪悪感を感じ始めたとき、彼女がゆっくり口を開く。


「戦いっぷりを一目見た時から、是非とも騎士団に入れたいと思ってたんです。でもあなたは他国のSランク冒険者だった。ならば引き抜くしかないじゃないですか!」


 話しているうちに段々と興奮してきたのか、最後はほとんど怒っているような口ぶりだった。


 ふむ……そこまで俺のことを高く評価してくれたのか。


 ただ、彼女の前で戦ったことがあるかと問われれば、首を傾げざるを得ない。隣国の騎士団と戦ったことなんてないと思うけどなぁ。


「ちなみに、どこで俺の戦いを見たんだ?  悪いが記憶がなくってな」

「二年前ですよ。あなたがブラックウルフを撃退したときです」


 ブラックウルフというのは、全身が真っ黒な毛皮で覆われた狼の魔物である。俺が倒した個体は、確か民家に匹敵するくらいの大きさをもつ化け物だった。


 あれは大変だったな……。


 思い返してみれば、確かにヘルシミ王国の第三騎士団と共闘した記憶がある。指揮官なら、当然あの戦場に来ていたのだろう。


「それで、俺が第三騎士団に入ってメリットはあるのか?」

「隣国では再び信頼を得られます。この国では信頼は地に落ちているでしょう?」


 彼女に反応するかのように城門の外で鬨の声があがった。気配からして数十人という単位ではなく、数百人単位なんだけど!?


 こっそりと門の隙間から見てみれば、明日から褒美金を貰うはずだった冒険者たちが門に集まっている。


 もちろん、この際の褒美金というのはドラゴンを倒すのに貢献した分だ。


 まさか……俺を捕まえて強制的に払わせようとしているのか?


「いいか、お前ら! これからティッセの野郎をぶっ潰す!  みんなついてこい!」

「何っ!  シーマが先導しているのか!?」


 後輩として一番の信頼を寄せていたシーマが、俺を簡単に裏切って襲ってくる。


 ギルドでも裏切ることはほぼ確実だったが、希望的観測がなかったといえば嘘になるな。


 でも、確実に彼が裏切ったという事実は心に深く突き刺さった。何とか王城の護衛をしている騎士たちが抑えている状態だが、いずれ爆発するだろう。


「見てみなさい。この国に希望はない。あなたは勇者でもなんでもないのよ」

「くっ……分かった。その誘いを受けさせていただく」


 シーマたちの状態を見れば分かる。この国に希望なんて一ミリもない。


 というか、そもそも俺は身分としては奴隷だ。隣国のために働く騎士団で功を上げて、ギルドに一矢報いてやるのも悪くはないだろう。


 ありもしない罪で俺のクビを切ったことを後悔するがいいわ!  みたいな。自国で奴隷にした奴が他国では英雄扱いか。それを知ったときのハンルの顔を想像したら、笑いがこみ上げてきた。実にマイルドな復讐である。


「ありがとう。 それじゃ初仕事だ。君の仲間たちと挨拶をしてもらおうか」


 お礼の言葉を述べて頭を下げた後、一気に女騎士っぽい喋り方になる。失礼のないように話し方を変えていたのかな。


「仲間って……俺は誰が仲間なのかも知らないし、何人いるかも知らないんだが」

「確かにそうか。なら私が先導しよう。我が国に案内するときに探す手間が省けるからな」


 正直、かなり助かる。ヘルシミ王国なんて行ったことがなかったから、行き方すら分からない。何台もの馬車を乗り継いでいくんだろうな、ということは簡単に想像できるのだが。


「そうと決まったら早速会場に戻るぞ。ちなみに君の仲間は二人だ。覚えておけ」

「えっ……普段は新人三人で行動するんですか?」

「私が一緒に決まっているだろう。私の直属の部下に入ってもらうんだからな」


 わーお。直属の部下とか良い響きだ。


 随分と騎士っぽいセリフだな、と思いながらパーティー会場に戻って料理に舌鼓を打つ。べネック団長は会場に入って早々、待機を命じてどこかに行ってしまった。


 それにしても、本当に料理が美味しいのがパーティーの利点だな。ギルドの酒場は料理がそんなに美味しくないからか、疎遠になっていた気がする。


 だから冒険者同士の情報交換など、ほとんどしたことがない。


 今度は仲間たちと親密になりたいと思っているのだが、誰かは知らないんだよな。すごく気になる。


 まだ見ぬ仲間に心を弾ませながら時間を過ごし、宴が終わりに近づいてきたころ。一人の女性が俺に声を掛けて来た。

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