第三話 悪意に満ちたパーティー
確かにドラゴンを倒したのは俺だが、除名された身で参加する必要なんてないのでは? という思いが浮かばなかったわけではないが、皇帝主催のパーティーだ。
しかも主賓。
主賓の立場でありながら欠席するのは失礼なので、手打ちにされても文句は言えない。ゆえに参加するしか選択肢はなかった。鬱屈した気分で大広間に足を踏み入れた途端、魔道具を構えた人たちが周りを取り囲む。水晶のような形をした魔道具には映像記録機能がついているのだろう。いわゆるヒーローインタビューだ。
この映像は見やすいように編集されたうえで、レストランや冒険者ギルドで流される。インタビューを受けるのは初めてではないが、少し戸惑った。この記者たち、裏で行われていた除名処分の一件を知らないのか?
「ドラゴンはどうでしたか? やっぱり強かったですか?」
「火の精霊が宿った剣で倒したと聞きましたが、それは本当ですか?」
記者たち、やっぱり感づいてない。こんなに好都合なことがあるだろうか。俺は笑みが零れるのを抑えられなかった。例の一件を嗅ぎつけられる前にインタビューを終わらせて、とっとと会場を去るぞ。
今後の行動方針を決めた俺は水晶型の魔道具に視線を向ける。
「そうですね。水色だったから氷属性だと予測していて、それが的中したのが勝因です。確かに俺が火の精霊の力を借りて倒しました」
その後も当たり障りのないことを答えてやり過ごしていると、ハンルさんが近づいてくる。よく見ると、その顔には薄ら寒い笑みが貼りついていた。まるで誰かの不幸を楽しんでいるかのような、非常に下世話な笑み。
このような笑みを浮かべる奴は、こちらに利がない面倒事を持ち込んでくることが多い。俺は警戒心を露わにしながらハンルさんと向き合った。
「ハンルさん、今さら俺に何の用ですか?」
「お前に話があるんだ。場所を変えるからついてこい。インタビューは終わりだ」
周りに群がっていた記者たちを追い払いながら、俺たちは中庭にやってきた。専属庭師の腕が良いのだろう。整えられた花壇と力強い噴水が上手く調和している。
「それで何の用ですか? ハンルさん直々だなんて珍しい」
「単刀直入に言おう。ティッセ=レッバロン、君の国民としての地位を剥奪する」
――俺は自分の耳を疑った。冒険者としての地位だけでなく、国民たる俺の地位も剥奪するだと!?
「じゃあ……」
「そうだ。これからはティッセ=レッバロンではなく、ティッセと名乗るんだ」
ギルドマスターが感情のない声でそう漏らした。
この国では、平民であっても貴族であっても名字を名乗ることが許されている。しかし、奴隷は例外で名前しか名乗れない。このルールに従って考えると、コイツは俺に奴隷になれと言っているということになる。
「あなたが仰りたいことは分かりました。ですが、そうなる理由を教えてください」
「――いいだろう。教えてやるよ。お前が報酬を不正に受け取ったからだ」
「だからっ……俺はそんなことしていないって何度言ったら分かるんですかね!?」
俺に妙な罪を擦り付けてギルドをクビにさせようと暗躍している野郎、本当に許さない。完全なる陰謀を簡単に信じてしまうコイツも大概だが。
「お前がやっていようがやっていまいが、身分剥奪は決定している。後は捜査か」
「――っ!?」
この国の捜査は、簡単に言えば“拷問上等”である。冗談じゃない。拷問なんて受けたら、あまりの辛さにうっかり罪を認めてしまいそうだ。それが狙いなのだろうが、みずみずと罠に掛かってたまるか。
「俺がやったから身分剥奪が決定したんですよね? 捜査する必要あります?」
「動機と手口が分からないからだ。お前は金に困っていないだろう?」
「そりゃそうでしょうね。俺はやっていないですし」
俺が犯人だと考えて捜査していけば、必ずどこかで行き詰まるはずだ。だって俺に不正を行う動機なんて、あるはずがないのだから。
「お前がさっさと罪を認めれば、辛くて苦しい拷問もなくなるんじゃないか?」
「もういいです。身分剥奪を受け入れますよ!」
ギルドマスターは、これっぽちも俺のことを信じていないのがよく分かった。何が自白だよ。盗んでいないっつーの。
「それじゃ、話は終わりだ。お前の罪が認められたら、金貨七百枚を返してくれ」
「金貨七百枚ですって!?」
これはマズい流れになってきたな。金貨七百枚なんて、冒険者としての地位を失った者に稼げる金額ではない。ドラゴン討伐の褒美としてもらった五百枚があっても、二百枚足りないし。
慌てる俺を一瞥したギルドマスターは無言で踵を返す。最後は喧嘩別れになってしまったが、二年間ほどお世話になったのは事実だ。最低限の礼は尽くそう。
「分かりました。処分を受け入れます。今までありがとうございました」
「これからも頑張れよ。こちらこそ、今までギルドに尽くしてくれてありがとう」
ギルドマスターの冷酷な瞳に、俺の姿は映っていなかった。最後くらいは、冒険者になりたてのころみたいに優しい目を向けてくれると思っていたが。
無言で立ち竦むしかない俺を尻目に、ハンルさんは会場に戻っていく。広い中庭で一人になると、無性に悔しさがこみ上げてきた。
「クソッ! どうしてこんなことにっ!」
これまでギルドマスターの下で働いてきた経験は全て無駄だったということか。冒険者になれないのなら、モンスター相手の戦闘技術など役に立たないじゃないか。胸を焦がすほどの憎しみが沸き上がってくるものの、吐き出す術などない。
「絶対ギルドから逃げ切ってやる。捜査なんて受けてたまるものか!」
自分の声とは思えないほど低い声が出た。悔しさの涙で滲んだ視界で城を見上げると、一つの窓から淡い光が漏れ出ていた。
あそこは……宰相の執務室だっけ。
ふと、脳内に涼しい顔を崩さないダイマス宰相の顔が浮かんだ。同じ年齢でも、彼のように成功する人もいれば俺のように失敗してしまう人もいる。そう考えると、自分が惨めでしょうがなかった。
「もう……故郷に帰ろうかな……」
冒険者時代には絶対に出てこなかったであろう弱音が口をついて出てくる。
こうして、俺は国民としての地位を剥奪されて、身分上では奴隷になってしまった。
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