第二話 悪魔になったSランク冒険者
ギルドに帰ってきた俺が仮眠室で寝ていると、誰かが体を強く揺さぶってくるのを感じた。安眠を邪魔するなんて、今すぐにでもそいつを確認して説教してやりたいところだが、瞳が重くて開けられない。まあ、いずれ起こすのを諦めて去っていくことだろう。
そのまま夢の世界に沈もうとしたが、何の気配もなく頬を張られて飛び起きる。いきなり殴るとかありえないだろ。
「――痛いなっ! 誰だよ!」
「ギルドマスターのハンルだ。確認したいことがあるから、すぐに酒場まで来い」
「あっ……分かりました。申し訳ありません」
寝起きでボンヤリとしている視界には、険しい顔をしたギルドマスターが映っていた。ヤバイ……立場が上のギルドマスターに失礼な物言いをしてしまった。
それにしても、朝から酒場だと?
事態を飲み込めないまま酒場に行くと、一つの椅子に顔見知りの受付嬢が座っていた。受付嬢は戸惑う俺を認めると、いつもと変わらない態度で優雅に礼をする。
「おはようございます。早速ですがこちらの紙をお読みください」
「緊急の依頼ですか?」
いつもとは違う手続きに違和感を覚えながらも、手渡された紙に目を通す。そこには、皇帝の署名付きで『依頼料を不正に横領した罪で捕縛を要請する』との一文があり、俺は思わず二度見してしまった。
「はあっ!?」
謁見してから一日も経っていないのに、どうしてこんな事態になったんだよ!? おかしいだろ、おい!
俺が呆然としていると、副ギルドマスターのマルティーク=ラーズがこちらを睨んできた。そして数枚の紙を机の上に広げていく。
「読みましたか? 皇帝の署名は本物ですから、こちらで調べたんですよ……」
「その結果、今までにあなたが受けた依頼のうち四つの依頼で不正が見つかりました」
受付嬢も怜悧な表情を崩さず、ここぞとばかりに追随する。いつもの朗らかな笑顔はどこかにいってしまったようだ。
ちょっと待て。こいつらは何を言っている? 四つの不正が見つかった?
寝起きに訳の分からないことを言われた俺は、怒りに任せて勢いよく机を叩いた。そして立ち上がって弁明を始める。
「そんなはずがありません! そもそも報酬はハンルさんから受け取っていたんですよ?」
もし不正が行われていたとすれば、容疑者は一人しかいない。俺は疑いの意味を込めて、無表情で立っているギルドマスターを一瞥する。しかし、ギルドマスターは自分は関係ないといった顔つきで無言の訴えを一蹴した。
「この四つの報酬については儂から与えたものではない」
「………」
俺は絶句するしかなかった。この人に可愛がってもらったから、俺は他の冒険者からの妬みにも耐えてこれた。そんな冒険者の恩人が今となっては……敵として冷たい視線を向けているではないか。
はあ……所詮はこんなものだったのかもな。
俺がSランク冒険者で、魔法と剣を両方使える“魔剣士”だから優遇してきただけ。本人の人格などには興味などなかったのだ。ギルドの言うことを聞いてくれる、都合のいい駒くらいの認識しかなかったのだろう。そして今となっては利用価値すらなくなったというわけか。
――ちょっと待てよ。どうしてハンルさんは俺をかばってくれないんだ?
まさかギルドマスターのやつ、不正がバレたから俺に押し付けようとしているのか? そもそも個人で依頼料を貰ったことはないはずだし。
だったら……この組織はクソだな!
「除名処分が妥当だっ!」
「依頼料を不正に取るような奴は除名処分だろう!」
「仮にもSランク冒険者なら、不正に取った分をギルドに返納したらどうなんだ!?」
黙り込む俺に追い打ちをかけるように、ギルド内からも非難の声が続々と集まる。朝早くから報酬のよい依頼を見繕うとした奴らの声だろう。次々と発せられる非難の声を聞いていると、心が急速に冷えていくのを感じ取った。
二年ほどもいた場所のはずなのに、不思議と愛着はない。この場にいる全員が、俺を貶めようとする敵だ。下の訴えは聞き入れず、権力者に同調するような雰囲気がギルドに充満していやがる。
お前らは俺の事情も全て知っているはずだろう!? そう思っても非難の声は大きくなっていくばかりで、俺はあまりの悔しさに思わず歯噛みした。
「報酬の不正受け取りを認めますか? 今ならまだ間に合いますよ?」
沈黙を続ける俺に業を燃やしたのか、マルティークが機械的に言った。森で出会った大蛇を思わせる嫌らしい目が、こちらを意地悪げに射貫いている。俺はそのイラつく視線を一笑に伏した。
「認めるわけがないでしょう。証拠の書類は偽物だ。俺は不正などしていない!」
「ほぅ……あくまで否定し続けるつもりですか」
マルティークは唇をわずかに歪めると、後ろで成り行きを見守っていた冒険者を見やった。彼らから突き刺さる敵意は濃密さを増している。ハンル、マルティーク、受付嬢のいずれかの指示で、容赦なく俺を捕縛しようと動くだろう。
「待て。どんな形であれ、今まで尽くしてくれたSランク冒険者だぞ」
「そうですね。失礼いたしました」
マルティークがハンルの意向を汲んで引き下がる。“Sランク冒険者”の部分をわざわざ強調したハンルの意図は明白だ。このまま有象無象の冒険者たちを突撃させたところで、それなりの被害が出るのは避けられない。だったらギルドとの繋がりを切ってしまった方が有効的だと考えているはず。
つまり次に続く言葉は……。
「Sランク冒険者たるティッセ=レッバロン。不正行為により冒険者資格の剥奪処分とする」
「はいはい。受け入れますよーっと」
やっぱりこうなったか。文句の一言でも言ってやりたい気分だったし、ギルドを除名されたのは好都合だったぜ。そのままギルドから立ち去ろうとしたとき、ドアを塞ぐようにして一人の冒険者が動いた。
Bランク冒険者、シーマ=ラック。
彼の教育係を務めた経験から、俺のことを唯一慕ってくれた冒険者だ。どうして君が動く。お前は嫉妬に狂っていなかったはずだろう!?
「ティッセさん、横領したお金を返してください。それが最低の礼儀でしょう?」
「……っ!?」
シーマの口から発せられた言葉を聞いたとき、俺は膝から崩れ落ちてしまいそうになった。もちろん味方になってくれると思っていたわけではない。だけどシーマが敵に回ってしまったら……この国に俺の味方はいなくなってしまう。
「しつこいね。俺はやっていないって。これ以上ゴチャゴチャ言うのなら……相手になるよ?」
邪魔をしようとするなら、たとえ子飼いの冒険者でも容赦はしない。俺はそのような意思を込めてギルドを見回す。元とはいえ、Sランク冒険者の俺に正面から戦いを挑んでくるような奴はいないだろう。冤罪をかけられて気が立っているしな。
そんな俺の目論見通り、ドアを塞いでいたシーマは青い顔をして横に退いた。二度と来ないであろうギルドの建物を見回しながら去ろうとすると、後ろから面倒そうな声が聞こえてきた。
「待て。伝えておくことがあと一つだけある」
「何ですか。本来はギルドマスターさんの指示に従う必要はないんですけどね」
だって、もうギルドに所属していないんだから。俺の軽い嫌味を聞いたハンルは悔しそうに顔を歪め、苛立ったように吐き捨てた。
「二日後に行われるパーティーには出てもらうからな。お前の最後の務めだ」
「ああ、そういうことですか。了解しました」
俺は了承の意を示してから、なおも敵意を向けてくるハンルたちに背を向けてギルドを後にする。この日、俺はドラゴンを倒した英雄から、報酬を不正に受け取った悪魔の男になった。
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