DECORATE GATE

 僕は再び宝満市の山へと訪れていた。目を瞑ると今でも昨日のことのように思い出す。

 あれから……二年か……。

 加持は未だに戻ってきていない。最後に見送った背中が妙に鮮明に思い出される。

 連絡をとっても良かったんだけど、早く戻ってきて欲しいって気持ちが出すぎて催促する形になるのも嫌だからしていない。向こうからも特に連絡はないし。何もないということはきっと大丈夫なんだろう。


 右ポケットが振動を始めた。慌ててポケットに手を突っ込み携帯電話を取り出す。振動の原因となったアラームに目を向けると、「午後六時市民体育館へ向かう」と表示されていた。バツマークのアイコンをスライドさせて振動を止める。

 この山に来ると感傷に浸っていつまでも滞在してしまうので、未来の自分に向けてアラームをかけていたのだった。

 両手で膝を叩き気合を入れる。よし、そろそろ降りよう。アラームのおかげでゆっくり行っても間に合うな。

 最後まで名残惜しく加持が去っていった場所を見つめて出発することにした。


「先生、こんばんは」


 市民体育館の駐車場に着くと小学生の男の子が迎えに来てくれた。


「こんばんは、ユウ」


 ユウが練習を始めてからも二年が経っている。教えていくうちに何故か呼び方がお兄ちゃんから先生に変わってしまった。まぁこれも将来のダンススタジオを開くための予行演習と思えばいいかな。先生って呼ばれる気分も悪くないし。


「他のみんなは来てるの?」

「うん、リエとカズキが入口で待ってるよ。ダイちゃんは少し遅れるみたい」

「そうか、なら急ごうか」


 僕はユウの手を握って駆け出した。山に行って感傷に浸るといつも初心に戻ってやる気に満ち溢れるんだ。



 受付に着くといつも笑顔のおじさんが受付をしてくれた。この人にも二年間お世話になってるよなぁ。まさか前に加持に千円渡してた根性ある人大好きおじさんだとは思わなかったけど。


「はい、記入しました。それから全員分の使用料金です」

「はいはい。あぁそうだ、あんた子供たちの分もお金払ってるだろ。いつもいつも偉いな。今日はおじさんが出してあげよう。サービスだぞ」


 おじさんは受付用紙だけ受け取るとトレーに乗せたお金を僕に突き出してきた。


「いや、そんな悪いですよ」

「ほら鍵」


 雑に鍵を渡されて部屋の奥へといってしまった……。僕も少しは認められたってことでいいのかな。子供料金なんて五十円だしあんまり負担になってないんだけどなぁ。



「じゃあ今日はユウとリエで鏡の準備をしようか。カズキは準備運動を始めてて」


 はーいという返事に混じって、えーという声が響いた。


「鏡出すのめんどくさーい」

「こらユウ。みんなで協力して準備するって決めてるだろ」

「だってー。ねぇ俺がみんなに先生のダンス広めたおかげで生徒増えたんだし、俺はしないでいいでしょ。ね、ね?」

「そんな理屈は通らないよ。嫌ならユウに教えるの辞めようかな」

「えーそれは嫌だ!」

「なら準備しよう、ほらリエも待ってるよ」

「はーい」


 めんどくさがりのユウは大変だな。まぁ甘やかしたら調子に乗ったまま成長してしまうからちゃんと注意しとかないと。困るのは未来のユウだよな。



「よーし、じゃぁ基本の動きをやろうか。その後は自由練習ね」

「はーい」


 僕が前に立ち、生徒は横一列に並んで僕の真似をする。なんだか本当に先生になった気分だ。ダンススタジオの先生ってこんな感じで大勢の動きを見てるんだよな。僕は四人でギリギリだっていうのに。


 その時後ろで扉の開く音がした。そういえばユウがダイチは遅れて来るって言ってたっけ。

 鏡を見て入ってくる人影を確認すると僕の心臓は跳ね上がった。慌てて振り返る。子供たちも動きを辞めてその人物を注視し始めた。

 そいつは左手を上げて「よぉ」と微笑んだ。

 その瞬間僕の頬に熱いものが流れ落ちてきた。あぁ、僕が進むべき道が見える。その奥では輝いている扉が待っている。これから僕は二人三脚で進んでいくんだ。

 腕で目を拭うと自然と笑みが零れた。同じく笑っているそいつに向かって僕は歩き出した。


「おかえり」

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