約束と別れ


 話し終えたあと一気に照れくさくなった。人に、しかも親しい人に自分の夢を語るのはどうにもこそばゆい感じがする。勢いよくダンススタジオなんて言っちゃったけど僕はその実態を何も知らない。一から勉強しないといけない。新しい事に挑戦するのはやりがいを感じる。


「あーなんだか楽しみになってきちゃった。今日加持に話せてよかったよ」

「あぁ俺も一人で抱え込んでたら結構危なかったかもな。お前が来てよかったと思うよ」


 会話を終えた僕達はやっぱり照れくさくなった。お互いに少し苦笑いをすると一気に沈黙が訪れた。何か会話をしなきゃと思ったけど、こういう時って何も思い浮かばないんだよな。

 加持も同じ気持ちなのか、「あー」と場を誤魔化すような声を出した。


「そういえばさ、お前なんとなく勘でわかったとか言ってたけど、ここに俺がいるってわかったの凄いよな」

「ん?あぁ、実はあれ真理のおかげなんだ。あいつから加持の事を聞かなかったらここに来てなかったと思う。」


 僕が言い終えたあと加持は少しの間固まっていた。そして目線が左上に動き眉をしかめた。


「なぁ、悪いんだけどお前の言ってる事がよくわからないんだが……」


 どうにも歯切れの悪い感じがする。本当に僕の言ってる事がわからないって感じだ。なぜわからないのか僕にもわからないんだけど。


「わからないって何が?」


 加持は頭を掻いてぽつりと呟やく。


「その……真理って誰だ……?」

「えっ」

「真理って誰だ?」加持の発した短い言葉が僕には理解ができなかった。誰だ? ってどういうことだよ。真理は真理じゃないか。

「いや、誰だって。練習も見に来てたじゃないか。僕の横でにこにこしてた女の子だよ」

「……すまん。俺にはお前の傍には誰もいなかったと思うんだが……」

「な、なに言ってるんだよ……。居たじゃないか! 練習の時も、海に行った時も、バトルに行った時でさえ居……た……」


 その時僕は強烈な違和感に襲われた。違和感の正体を探るために思考を巡らせ真理がいた時のことをよく思い出す。目まぐるしく働かせた脳は当時の情景や会話を思い出させた。そうして僕はやっとその正体に気付き始めた。


 ちょっと待て……おかしい。なんで今まで僕は気付かなかったんだ。あいつが……。


 真理が僕以外の誰かと話しているのを見たことはあるか?


 さらに脳は加速する。海に行く前に添い寝の事を聞いて真理を誘った時、バトルでエントリー前に僕を蹴飛ばした時、傍にいた人達は何も反応を示さなかった。会話だけじゃない。みんなには真理のことが見えてなかった。


「おい、大丈夫か?」


 息を漏らして考え込む僕に加持が声をかけた。しかし僕は反応することもできなかった。


 それと同時にふと海に行った時のことを思い出した。「ええと、そうだなぁ。真島君は四王寺市に住んでるんだよね……」その言葉が浮かぶと僕の中で何かが腑に落ちていく。

 あぁ、そうか……真理は……。



 加持は僕の事を不思議そうな、或いは心配な目で見ていた。全てがわかった僕は目尻を指で拭ったあと一息つく。


「ごめん、ちょっと混乱してたみたい。落ち着いたら……いつか話すよ」

「……まぁ、お前がそれでいいならいいけどよ」


 まだ不可解そうだけど無理やりにでも納得してくれた。これがリンだったらなりふり構わずどういうことか問い詰めてきた事だろう。


 それにしても真理のやつ、変な別れ方しやがって。お礼を言いそびれたじゃないか。あいつには色々と助けられたし励まされた。今度天満宮に挨拶がてら訪れてやろうと思う。そうだな、その時は本堂でちゃんとお参りしてやろうかな。帰りにあいつの好きな餅でも買って帰ろう。


 冷たい風が吹き、体がぶるっと震えた。寒い夜空のもと立ち話をしすぎたかもしれない。


「体が冷えてきたね。そろそろ帰ろうよ」


 加持は小さく「あぁ」と言うと、帰り道を歩き出した。しばらく無言で僕の先を歩いていた加持は駐車場で振り返って僕を見た。


「明日にでも担当医に手術をする旨を伝える。聞いた話だと神経系の手術に長けた医師が四国の方にいるらしいから、多分その人を紹介してくれるだろう。しばらく俺はそっちに住むと思う」

「そっか……」

「俺はリハビリがどんなにきつくても、何年かかろうとも絶対戻ってくる。お前もお前らしく頑張れよ」

「わかった、頑張るよ」

「じゃぁな、相棒」


 右拳で僕の胸を軽く押して加持は去っていった。

 確かにその時僕は彼から何かを受け取った。それは静かに胸の奥で燃えている。

 僕は彼の姿が見えなくなるまで見送った。それが加持の背中を見た最後だった。

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