決意表明、再び


 加持はしばらく無言でこちらを見つめたあとゆっくり頷いた。


「あぁ、お前にはわかったのか」

「うん、なんとなく勘で来たんだけどね」


 加持はこちらに向かって歩き出すと僕の正面に立った。辺りが暗くてよく顔が見えない。どんな表情をしているか分からなかった。


「俺は最初から目標があってダンスを続けてた。途中で目標から目的に変わったんだがな。……それは兄に勝つことだった」

「兄……エイトさんだよね」

「そう、兄は所謂天才ってやつでな、ここら辺のダンサーの中じゃずば抜けて上手かった。俺もそんな兄を見てダンスを始めた。少しでも追いつこうと努力したんだ。だけど俺を待ち受けたのは……劣等感だった」

「劣等感?」

「あぁ、俺がそこそこ出来るようになったら周りは『さすがエイトが教えただけある』だのバトルで勝とうもんなら『エイトの弟さんだから』だの全て兄ばかり誉められるんだ。誰も俺自身を見ちゃいない」


 加持が俯いた気がした。きっと今でも鮮明にその気持ちがよみがえるのだろう。


「そうか、それで兄の話をされた時もバトルの時も浮かない顔してたんだね」

「俺は心に決めたんだ。兄に勝って俺の存在を証明してやるってな。だけどこんなんになっちまった。俺の目的ももう果たせない」


 加持は固定された左腕を指差した。


「それでも僕は……加持に諦めて欲しくない。手術をして復帰を」

「はっ! 手術しても元通り動くことはないんだぜ? 動かす感覚も違う、痛みは取れない。絶望だよ。お前にわかるか? もう前が見れない気持ちが」

「……わかるよ」

「……なに?」

「加持、僕はね就職先を辞めてここに帰ってきた時。自分の命を絶つか迷ってたよ」


 加持が少し目を見開いて僕を見た。


「僕が就職したところでね、ある事件が起きたんだ。一番信頼してた人に僕は裏切られてね、犯人扱いされた。誰も僕の言うことを信じてくれないし、田舎だったから情報が出回ってあちこちで噂もされた。しばらくして冤罪だって証明されたけどその頃にはもう病んでたんだ。結局辞める事にして職まで失ってしまった」

「……」

「そんなときに偶然加持に会った。成り行きでダンスを始めることになったけど、それから僕の世界が変わったんだ。リンも加わって三人で練習して食事して遊んで……。人生ってこんなに楽しいんだって思ったよ。加持の苦しみと比べると僕なんて大したことないかもしれない。でもちょっとしたきっかけで僕は立ち直ることができた。加持もきっと……」

「それでも……俺は復帰する理由なんて見つからない」

「理由なら僕が持ってきたよ。加持、何年先になってもいい。手術をしてリハビリ後復活したら、僕と……ダンススタジオを開いてくれないか?」

「ダンススタジオ?」

「うん。もともと加持はいい先生になりそうとは思ってたんだ。色々教えてもらってる時にね。それに最近僕に教わりに来てる子供がいてさ、その子が僕に『新しい扉を開いたみたい』って言って気づいたんだ。あぁ、僕もそうだ。加持に新しい扉と進むべき道を用意してもらってたんだって。もちろん加持にそんな気は無くてもね」


 加持は何も言わず僕を見つめていた。


「ダンスを始めたい人って理由は様々だと思う。かっこいいから、モテたいから、誰かに憧れたから、誘われたから。そんな人達に僕達が扉を用意してあげるんだ。その人に合ったその人だけの華やかで輝いてる扉を」


 言葉を発し終えたあと少し呼吸を整えた。


「まぁ、そういうわけで僕と一緒にダンスの道を歩もうってこと。お兄さんを超えるって道は進めないけど、進めないなら別の選択肢を選んだらいいと思うよ」


 僕はにこっと笑った。それを見た加持も思わず苦笑いする。


「くっくっく。相変わらずだなお前は。学生の時からちっとも変わってない」

「え、どういうこと?」

「いつだったか覚えてるか?マラソン大会の日。お前はあんときもクラスの人のためって一生懸命走ってたよな。そして今も俺のために隣で一生懸命走ってる。……なぁ、こんなこというのも照れくさいが学生時代、俺はちょっとお前の性格に憧れてたんだぜ」

「憧れてって……。えええええ!」

「うるせぇな」

「いや、だって!」


 なんで僕なんか……。むしろ憧れていたのは僕だった。加持が僕を憧れる?天変地異が起きても有り得ないことじゃないか。


「兄の劣等感の話をしただろ。高校の時に丁度それに陥ってな、あの時俺は自分のことしか考えないような自己中心野郎だった。誰かの為に頑張るお前を見て何だか複雑な気持ちになったよ。卒業してから気付いたけど、多分あれは……憧れだったと思う」


「加持……。」


 そういえばそうだ。マラソン大会以降、加持は何かいいたげな顔で僕を見ていたことが度々あったっけ。それでも信じられない。僕はただ自分の事を優先して考えられない臆病者だっただけなのに。


「憧れの道を進むのもいいかもな」

「えっ?」

「だから、スタジオ開いてもいいかなってことだよ。お前の案に乗っかってやる」

「加持……!」

「その代わり教えるとなると上手くないと話にならない。俺が復帰するまでの間、お前も猛練習しとけよ。うじうじ成長してなかったらぶっ飛ばすからな」

「うん、任せてよ。僕は絶対諦めない!」

「あとそうだな、スタジオの名前は何にするか。……『ダンススタジオまーしーかーじー』にでもするか?……まーしー」


 加持が笑いながら冗談っぽく言ったその言葉に僕は少し微笑む。今まで僕を「真島」とか「おい」とか「お前」と呼んでた加持が、学生時代その名前でからかわれて無反応だった加持が、僕の事をまーしーと呼んだ。なぜだが初めて名前を呼んで貰えた気持ちに包まれた。


「ちょっと長いよ。『ダンススタジオMK』とかでいいんじゃない?」


「違いない」


 僕達は夜の静寂の中あははと笑いあった。ここに着いたときより視界が開けて見えた。暗くてよく見えなかった加持の顔がよく見える。遠くに見える宝満市の明かりが一層輝いて見える。いつまでもいつまでもこの楽しい気持ちが続くようなそんな気がした。

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