最後の言葉
少し茶髪がかった髪を揺らしながら彼女は立っていた。僕を見てにこっと微笑む。
久しぶりに真理を見た気がする。多分一、二ヶ月は会ってないよな。そういえばこいつ今まで練習場所にも顔を出さなくなったよな。何か心境の変化でもあったのだろうか。
「やぁ、真理。久しぶりじゃないか。元気にしてた?」
「どこに向かってるの?」
真理は僕の挨拶にお構い無しに言葉を発した。丸く大きな瞳で僕をじっと見つめている。その瞳を見ているとなんだか吸い込まれそうな感覚に陥ってしまう。
「え、いや今から帰るとこだよ」
「そういえば真島、何だか晴れ晴れとした顔をしてるね。何かあったの?」
「うーん、まぁね。今後の自分の方向性を見つけたというか。まぁでも今日は色々あって何もできなかったけど」
頭を掻きつつ真理を見る。何だか様子がおかしい。何がと言われると答えられないけどいつもとは違う何かを感じるような。
「加持翔也は目標を失って自失状態。早く行かないと手遅れになるよ」
無表情で喋る彼女の言葉に耳を疑った。加持が自失状態? 手遅れ? なにを言ってるんだ? そもそもどうして……。
「どうして加持の現状を知っているんだよ。まさか今日どこかで会って話したのか?」
僕の問いかけに彼女は何も答えずただにこっと笑った。
「なんで何も言わないんだよ、加持はいまどこにいるんだ!?」
「真島はもう自分で乗り越えていけるようになったんだよ」
「答えになってないよ!」
真理が何を言いたいのか全くわからなかった。自分で乗り越えれる? なにをだよ。今だって目の前の少女が何を言いたいのかを全く理解できていないじゃないか。僕は一人じゃ何もできない。
真理はそのまま僕に背を向けて歩き出した。ゆらゆらと揺れながら歩く彼女を追いかけるように僕も足を動かす。
「待ってよ! どこに行くんだよ」
おかしい。追いかけど追いかけどゆっくり歩く彼女に追いつけそうになかった。
人通りの少ない道に出るとようやく彼女は止まった。
「もう私がいなくてもいいんだよね」
誰に言うでもなくぽつりと彼女は呟いた。薄く開いた目で空を見上げている。
「な、なに言って……」
「真島なら大丈夫。きっとうまくいくよ」
真理は細く白い手を振ると少し先にある角を曲がって僕の視界から消えていった。
「待てってば!」
急いで後を追いかけたが彼女を見失ってしまった。
何を言いたいのか全くわからなかった。もしかして何かゲームかアニメにはまって意味深な言葉を呟くキャラの真似でもして遊んでるのだろうか。
「おーい、気は済んだか? そろそろ出てこないと怒るぞ?」
静寂だけが耳についた。本当に誰も居ないような気がする静けさに少し身震いをする。
それからどこかに隠れてないかと辺りを探し回った。電柱の後ろ。車の下。最後には住宅の敷地内まで。だが僕の捜索は空しく何の成果をあげることはできなかった。
結局何がしたかったんだよ、あいつは。今度会ったらちょっと強めに頭をぐりぐりしてやろうかな。
それにしても彼女の発した言葉が気になる。加持の所に早く行かないと手遅れになる、とか。
駐輪場までの道のりを歩きながら思考する。深く考えれば考えるほど神妙な顔つきで話してた彼女の言葉が重くのしかかった。
本当に・・・何か知ってて忠告してたんなら……。いや、でも……。
答えは全く出てこなかった。ただ言いようの無い不安感だけが心の中を埋め尽くした。心臓がひりひりとした感覚に少し汗が滲み出てきている。
駐輪場に着いた僕はヘルメットをかぶり座席に座りエンジンを始動させる。唸る原付の振動に僕の心も揺さぶられていた。
……ええい、こうなれば仕方が無い。真理の言葉を信じようじゃないか。
僕はスタンド外し右手を少し捻りながら駐輪場を出た。そのまま帰路とは違う道を走り出す。
「加持翔也は目標を失って」真理の言葉を頭で思い浮かべて原付を走らせる。何となくではあったが僕は加持がどこにいるのか予想はついちた。
四王寺市から宝満市へと進みそのまま僕は山を見据えて走った。僕が向かっている場所はいつしか三人で訪れた決意表明をした場所。初めて目標ができたあの場所。
そういえばリンも駅前の練習に顔を出さなくなったなぁ。なんだかあの事故でみんなバラバラになってしまった気分だ。少し……寂しいな。
僕は心に溜まった寂しさを吹き飛ばすようにスピードを上げた。速度をあげたのは他にも理由があったのかもしれない。
山道は舗装されており悪路を行くことなくすいすいと中原まで登る事ができた。史跡や眺望を見る人用なのか駐車場が設けられている。こんな夜の寒空の下、眺望見る人はともかく史跡なんか見に来る人はいないだろうと思いそのまま駐車場に原付を止めた。
駐車場から続く石段を登っていくと開けた場所が出てくる。僕達が決意表明した場所だ。
一歩一歩踏みしめて石段を登る。ここまできて誰もいなかったら本当に骨折り損だ。まぁでも懐かしき場所でもある。少しは思い出に浸るのもありなんじゃないかと思うけど。
登り終えると同時に奥にある休憩スペースに赤く小さな光が灯っているのが見えた。よく目を凝らすと黒い人影のようなものも見える。それに近づくように歩を進めると、そいつが煙を吐き出しているのまで見えた。
「加持……?」
僕の声に反応して振り向いたのは僕がいま一番話したかった人物。ダンスを教えてくれて道を敷いてくれたちょっとクールで優しい、加持翔也だった。
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