未来へ

次へと繋ぐために


 加持の状況を知ってから僕は自分がどうすればいいのか迷っていた。

 もともと加持が怪我が治ったらダンスを再開するなんてのはただの希望だったんだ。現実はそう上手くいかない。いくら僕が喚いて怒って悲しんでも変わらない結果は変わらない。でも諦めきれない自分がいるのも確かだ。

 加持に手術を受けてもらって腕が動くようになったら一緒にまたダンスをしたい。身勝手なのはわかってる。馬鹿げた望みだってのも理解している。無理を言ってるのだって承知の上だ。

 ただそんな考えの裏腹にこう思う自分もいる。

 仮に自分が片腕麻痺した立場だとして、健康な人に手術して良くなったらダンスをしようなんて言われたら──。

 僕だったら嫌に感じる。でも手術したらまた一緒に生活が送れると一瞬でも考えてしまったんだ。あぁ、わかってる。これはエゴだよな。


 せっかく加持の母親との邂逅かいこうで身に入っていた練習もどこか迷いを生じるようになっていた。

 今のまま練習を続けてどうするのだろう。未来は?延々と練習を続けてどうなりたいのだろう。僕は……。


「お兄ちゃん、久々に見に来たよ」


 後ろから声をかけられてビクっと震えた。少し心臓が跳ね上がって次第に落ち着く。振り向くとそこにいたのは随分前に練習を見てた少年だった。


「やぁ、久しぶり」

「今日もすごい動きだね!」

「そんなことないよ」


 そんなこと……。


 僕がもやもやした気持ちで動いているとそれに合わせて少年の体がぴくぴく反応する。フリーズをする度に拍手をする。


「もしかして……ダンスしたい?」

「えっ」


 あれ、違ったかな。すごいキラキラした顔で見てたけど。


「だって俺なんか……運動苦手だし……見てるだけでいいよ」


 なんだかマイナス思考なところが僕にそっくりだった。今の僕も絶賛マイナス思考中だから人の事をどうこう何も言えないんだけど。


「大丈夫。僕も運動は得意じゃないけどこうして頑張れてるから」

「本当……?」


 恐る恐る近づいてきた少年にチェアーを教えた。僕が初めてダンスに触れた技だ。少年が頑張って腕に体重を乗せようとしている姿を見ていると何だか懐かしくてこそばゆくなった。

 それと同時に加持の言葉を思い出す。「チェアーってなかなか出来ないからさ、少し試してみて『あー無理ー』って諦めるやつがほとんどだからな」


「うーん、難しいなぁ。腕も疲れてきた。……あっもう帰らないと」


 少年が小言を発している最中に午後六時を知らせる音楽が鳴り響いた。あぁそうだ。僕も子供の頃はこの音楽に合わせて帰ってたっけ。帰ってお風呂に入ったら出来立てのご飯を食べて……。


「出来るようになりたいから明日もまた来るね。じゃあね!」


 意外にも諦める気はなさそうだった。予想外な台詞に戸惑いつつもある事に気づいた。……そういえば名前聞いてなかったな。




 その子はユウイチという名前らしくユウと呼ぶようになった。あれ以来来る日も来る日も少しの時間だけ僕にダンスを教えてもらいに来た。練習時間は短いものの夢中になって頑張っている。


「やっとできた!」


 毎日の練習のおかげかチェアーが出来るようになった。ぴょんぴょん飛び跳ねたあと勢いよく走り出して、できたできたと駆け回り始めた。


「おめでとうユウ。それじゃあ次は逆立ちしてみようか」

「逆立ち!? かっこいい!」


 壁倒立で練習したかったけど壁まで移動するのが面倒くさいので僕が支えることにした。やはり怖いのかあまり足を上げれず苦戦するユウ。


「絶対倒れないから安心して思い切り足を上げていいよ」

「お兄ちゃんはまだ信用できん!」

「ひどいな……」



 それからもユウは毎日練習に顔を出しに来てはどんどん技を吸収していった。フットワークやトップロックにも手を出し始め本格的に踊り始めた。


「ユウはさ、何でダンスしようと思ったの?」

「えっ?」

「いや、何となく気になって」

「うーんとね、ちょっと前の話になるけど……」


 彼はポツポツと話し始めた。友達に誘われてバスケットボールを始めたこと。最初こそ楽しかったがあまり上達しない自分に嫌気がさしたこと。どんどん上手くなっていく友達。上手いチームメイトと僕に対して態度が違うコーチ……。


「そんなときねお兄ちゃんを見たの。最初は何やってるんだろうって見てたけど、どんどんやりたくなってきて。お母さんにバスケットボールじゃなくてダンスをしたいって言ったら、げっしゃ?がもったいないから今月まで続けなさいって言われてそれで……」


 あぁ、そうか。この子がまた見に来るねって言ってから期間が空いたのはそれが原因だったのか。僕は運動が好きじゃなかったから子供の頃何もしてこなかった。だから彼の苦悩は理解できない。……だけどわかってあげることはできる。


「バスケットは上手くいかなかったけど、ダンスは少しづつだけど出来ていく感覚があって楽しいよ。何だか新しい扉を開けたみたい。お兄ちゃんありがとう!」


 ユウの言葉を聞いて何か心が揺さぶられた気がした。知らぬ間に僕が彼の道と扉を用意したんだ。加持が僕にしてくれたように。こうやって道を敷いて扉を用意して次の世代に技や知識を受け継いでいく。その繋がりがきっと大切でかけがえのないものなのだろう。僕はある決心をした。


「いや、話を聞けてよかったよ。こちらこそありがとう。僕は今日用事があるからもう帰るね」

「えー、まだやりたいのに……。明日も絶対しようね」

「うん、もちろん。じゃぁまたね」


 ユウにさよならを告げて僕は駅へと走り出した。今溢れてくる気持ちを伝えなくちゃいけない。

 ホームで電車を待っている間に携帯電話を取り出した。


「急だけどごめん。今からお見舞いにいってもいい?」


 メッセージを送り終わりちょうど来た電車に乗り込んだ。それと同時に早くも携帯電話が震えだす。


「すまん今日は家に帰る申請したから病院にはいない」


 椅子に座り確認すると僕は拍子抜けた。

 あぁ、タイミング悪いな。せっかく意気込んだっていうのに。


 出鼻をくじかれてぼーっと帰り道を歩く。駐輪場に近づくと僕の原付の近くに見慣れた姿があった。


「あれ、真理じゃん」

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