自責の念


「加持君が交通事故にあったの」


 リンの台詞が何回も繰り返し再生される。

 な、何を言ってるんだ。交通事故? 加持が? 違う。これから一緒に練習するんだ。嘘だ。嘘だよ。

 理解はした。だが現実を受け止めきれないでいた。


「ど……」


「どうし、て……?」


 かろうじて搾り出した声だった。


「加持君はね、タカに謝りに来たの。せっかくバトルに誘ってくれたのに自分の気まぐれで辞めてしまったからって。タカは全く気にしてなかったから、来たついでに練習しようって誘って練習してたの。そしたらね……」


 一旦話が区切られた。何故だか僕にはリンが躊躇っているように感じた。

 何でそこで止めるんだ。話してよ、早く。早く。


「『悪い、あいつから連絡来た。今日は市民体育館で練習するみたいだからそっちに行くわ。途中だけどすまん』って途中で急いで帰り始めたの。外まで見送ってスタジオに戻ろうとしたらものすごい音がして振り返ったら……」


 リンの言葉を聞き終わると次第に視界が揺らいだ。まるで斜めの地面に立っているようだった。

 そんな。じゃぁ待ってよ。加持が事故にあった原因って……。


「……ぼ」


 僕が練習しようって誘ったから


「ぼ、ぼく、の……」


 僕がメッセージを送らなかったら事故にあわなかった


「僕の……せい?」


 あ、ああ、あああああああ!!!!!!


 胸がズキンと痛んだ。声にならない悲鳴を吐き出して僕は膝を着いた。手から落ちた携帯電話から僕を呼ぶ声がする。

 何でだ、何で何だよ! どうして、どうして加持が……! 僕が……!僕が誘わなければ!

 胸が痛い。手が震える。顔が熱い。どうしようもなくなった僕はうずくまり目を瞑った。

 ねぇ、神様。僕でいいから。僕が代わりになるから。時間を戻してよ……。


 どれくらい時間がたっただろうか。悲痛な叫び意外何も考えられなくなって永遠の時間が流れた気がした。実際は一、二分程度だったのかもしれない。携帯電話を拾い上げて画面を見るとまだ通話状態のままだった。


「もし、もし……?」

「もしもし!? まーしー、大丈夫!?」


 リンはずっと待っていてくれていた。携帯電話を落とした衝撃音は向こうにも伝わったはずだ。かなり心配をかけたことだろう。


「うちらは病院に付き添いで行ってるわ。進展は連絡するからまーしーはもう帰りな」

「そんな、僕も病院に」

「ダメよ。あなたは今は来ちゃダメ。進展は連絡するからね」


 リンの言う通りだった。今病院に行って加持の現状を確認したら恐らく自責の念で一杯になるだろう。

 頭では分かってるんだ。でも、心が言う事を聞きたくないんだ。


「いい?もし思いつめながらぼーっと歩いて事故でも起こしてみなさい。一生許さないからね」


 電話を切る間際リンは僕に脅しをかけてきた。

 リンは強いなぁ。こんな状況なのに僕を心配できるなんて。僕ときたら……。


 しばらく市民体育館の脇でうずくまっていた。僕の前を通り過ぎる足音を何回数えただろう。

「今日はそこで練習してみない?」自分の送ったメッセージが頭の中によぎっては後悔をする。

 何回繰り返した後だろうか、辺りが暗くなり始めた頃やっと帰路へと踏み出した。体が冷えて動きづらい。

 気付いた時には僕は家の前に立っていた。事故に合わないよう気をつけていたらいつの間にか帰り着いたらしい。

 家の中へ入ると母親が作ったであろう晩御飯の匂いが漂っていたが全く食べる気が起きなかった。きっと無理やり食べさせられても飲み込むことができないと思う。

 自分の部屋に入るとカバンを投げ服を適当に脱ぎ散らかしてベッドに横たわった。


 何もしない時間が訪れるとリンとの会話が脳裏にちらつく。

 携帯電話を開くと加持とのメッセージのやり取り画面が映し出された。


「今日はそこで練習してみない?」


 市民体育館でのんきに送った自分のメッセージがどうしようもなく憎く感じた。

 何で今日に限って自分から誘ったんだ。何で僕じゃなくて加持なんだ。加持は僕のメッセージを見て何を思っただろう。どんな気持ちでこちらに向かおうとしたのだろう。

 憎い携帯電話を壊してやりたかったがリンからの連絡もあるので壊せない。どうしようもなくなり枕に向かって携帯電話を投げ飛ばし布団を掴んだ。


「うあ、うあああああああ……」


 布団に包まりそのまま爪を立てて握り締めた。破けるんじゃないかと思ったがそんなのどうでも良かった。

 しばらくして携帯電話を見たがリンからの連絡は無かった。


 心身共に疲れていたが全く眠れなかった。

 目を閉じると加持の姿が、今日の出来事が頭から離れない。

 朝日が昇り始めた頃ようやく眠りにつくことができた。

 数時間後目を覚ますとすさまじい空腹感に襲われた。こんなことがあっても人間眠くなれば寝るし、お腹が空けばぐうとお腹が鳴る。

 きっと世界の終わりが訪れる日でも僕のお腹は鳴るし、睡眠が足りなければ眠るだろう。それが生きるということだ。罪悪感や後悔でお腹が膨れるほど僕の体は進化していない。

 ご飯を食べにリビングへと向かう。両親は不在で昨晩の残り物がテーブルに置いてあった。暖めるのもめんどくさいので冷えたまま口に放り込む。何だか味がしない塊を食べているようだった。

 ポケットに入れていた携帯電話を見るとメッセージが入っていた。

「手術が終わって入院することになったわ。ただ一週間くらいは家族以外面会できないみたいだから注意してね」

 メッセージには病院までのマップが添付されていた。

 一週間後か……。加持にどんな顔して会いに行けばいいんだろうか……。

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