前兆
早起きをしたからっていきなり生活習慣なんて変わるはずもなく結局昼過ぎまで家でだらだらと過ごしていた。
よく前日の夜に「明日起きたら行動しよう」なんて考えたりするけど、僕の場合どうしても起きたばかりでやる気に満ち溢れるほうが難しい。
結局先延ばしにするということはその時点でやる気はないんだろう。何か理由付けがあったら動くのだけれど。
連絡ないのなら僕からしてみるのもアリなんじゃないだろうかと思うが、昨日の帰り際の事を思い出すと軽い感じで誘えない。
何回目かわからない昨日の振り返りをしていると親からの小言が耳をつついた。
「いつまでダラダラしてるの」「辛かったのは分かるけどもう大分経つし切り替えなさい」「最近外出して何しているの」
あぁもう、うるさいなぁ。僕だってなんとかしなきゃいけないのは分かってるさ。・・・それに本当は心配して色々言ってくれていることも。この歳になれば親の言いたいことは理解できる。けれどこの歳になったからこそ自分で解決しなきゃと親に頼っていられないんだよ。
家に居ても気が塞がってしまう為外出することにした。目的地などないが、何となくいつもの練習している場所が浮かんだ。
最寄り駅まで原付を走らせていると以前感じた春の暖かさが懐かしく感じた。もう夏も終わりかけで少し涼しい風が吹き始めていた。
嫌でも時間が過ぎる早さを感じてしまう。何か行動しないとあっという間に歳をとっていってしまうんだろうな。その何かというのは今はわからない。もちろんダンスをすること自体は楽しいし時間を無駄にしていると思ってない。ただ何か、生きていく上で自発的にやりたいことが見つからないんだ。
思いを馳せているうちに駅へと着いてしまった。ホームへと向かうと丁度電車が到着したので慌てて乗り込んだ。
席について一息つき流れていく街の景色を眺めた。僕の育った街が次々に過ぎ去っていく。よく行ったスーパー、育った学校、遊びに行った友達の家……。
こうやって景色を眺めているとなぜだかたまらない気持ちになることがある。何なのか分からないこの気持ちは多分大切に取っておいたほうがいい気がする。
しばらくぼんやりとしていると何か違和感を感じた。
何だ今の違和感は……。何を見たっけ。今見たのは見慣れた景色に少しイメージと違った建物。何か自分の記憶と違う部分。……そうか。
感じた違和感は改装工事が終わった建物だった。以前まで僕達が練習していた場所の。
そうだ、これだ、これが理由付けになる。いやでもまだ中に入れるかわからない。念のため行ってみるか。
市民体育館は前からそんなに汚くもなかったし古くいわけでもなかったが改装後は見違えるほど綺麗になっていた。
入口に着き開いている事を確認した僕はすぐに加持にメッセージを送った。
「前に使っていた市民体育館の改装工事が終わってたよ。今日はそこで練習してみない?」
送信後、中に入って色々見て回る事にした。玄関は押しドアから自動ドアに変わっていて室内に上がるまでにスロープや手すりも増えていた。前は小さかった受付が広々とした事務所に改築されていたのが目に付いた。おじさんが職員と何やら手続きをしているのが見える。
間取りは変わっていないみたいで軽運動室に行くまでの廊下に掲示物が追加されているようだった。
へぇ、色々な広告があるな。バレー、バスケ、剣道、卓球、柔道。ダンスは特になさそうだな。もし加持が先生をするならここに彼の踊っている写真が載るのだろうか。ダンサー募集! なんて書いたりして。
「き、君剣道とか興味あるの?」
ポスターを眺めていると先ほど事務所で手続きしていたおじさんが声をかけてきた。どうやら何かスポーツを始めようとしてポスターを見ていると勘違いされたらしい。
「い、いえ。ただ眺めてただけなので」
「そうかぁ。実は今日の手続きで剣道教室を開くことになったんだ。初めての自分の教室だよ。いずれは体育館を借りずに自分の道場を持ちたいのだけれど。あぁ、そんな話はいいか。剣の道を通じて礼儀と精神力を養わないかい?」
おじさんの熱いアプローチを「いや、すみません、ははは」と笑いながら受け流し退散した。
情熱的な人だったなぁ。自分で教室を立ち上げる、か。なるほどなぁ。そういう道もあるんだなぁ。
外に出て携帯を開いてみると加持からメッセージが届いていた。
「いまリンがいるスタジオに行ってた。もうすぐ市民体育館向かうわ」
あれ、加持は今日スタジオに行ってたんだ。何でだろう、僕との練習が嫌になってそっちで練習してるとか……?いや、それなら僕の練習の誘いだって無視するだろうからそれはないか。というかまず嫌われるような事はしてないし。
とりあえず、了承と待っておく旨を返信した。やる事もないし外でジュースを飲みながら待つ事にしよう。
縁石に座り携帯電話を眺めていると携帯が震えた。リンからの着信画面に切り替わる。
「あ、もしもし? 電話珍しいね、どうした?」
「ま、まーしー。いま、大丈夫?」
リンの声が震えていた。どくんどくんと嫌な予感が胸を静かに打ちはじめた。
「な、なに?」
「お、落ち着いて聞いてね」
すぅっと息を吸う音が聞こえた。
「……加持君が交通事故にあったの」
えっ?
脳がリンの震えた言葉を理解し始めた途端、嫌な予感は形を変え僕の胸で大きく脈を打った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます