高まる緊張


 バトルの説明とジャッジの紹介が終わると十五分のDJタイムとなった。

 DJタイムとはDJが曲をどんどん流して好きなタイミングで変えたり別の曲に繋いだりする時間のことらしい。ダンサーはそれに合わせて踊るか、バーで曲を聴きながら物思いにふけったりダンスを眺めたりするみたいだ。


「まぁDJタイムの説明はともかく、とにかく体動かしとけよ」

「うん、わかった」


 バトルで使用するムーブを頭の中でイメージして実際に動いてみる。

 よし、今までたくさん練習してきたからか間違える事はなくなってきたぞ。


「真島、何だか楽しそうだね! それに前に見たときより上手くなってる!」


 真理も僕の動きを見て大はしゃぎしている。返事代わりににこっと笑っておいた。

 この前は自分の動きにげんなりしたけど、少しは成長しているんだなぁ。この調子でいけば予選通過できちゃったりして。

 気が緩んだ僕は練習はそこそこにソフトドリンクを注文しバーカウンターから中央フロアのダンスを真理と一緒に眺めた。


「間もなく初心者クラスのバトルを始めます。フロアに集まってください!」


 MCがマイクに向かって案内を叫んでいた。

 もうそんな時間か。さて、いっちょ踊ってきますか。


「真島、頑張ってね!」

「あぁ、行ってくる」


 フロアにどんどん人が集まり円を作っていく。数えてみると僕を含め十五人程だった。

 この中から八人に絞られるわけか。それにしても中央に立つと一気に緊張感が増すな。どくんどくんと音が聞こえてきそうだった。ここと観客がいる場所とではまるで別世界のようだった。

 隣に立っている人なんか服装がお洒落だ。それにほとんどの人が帽子をかぶっている。服装から踊れそうな雰囲気が出ている。

 なんでこういうと時って色んなとこが目につくんだろう。落ち着こうとして脳が視界に入る物の情報処理をしているんだろうか。あぁ、MCが立ち上がりマイクのスイッチを入れるのが見える。


「さぁ始まります、初心者クラス予選! 会場のみなさん盛り上がってますか!」


 後方から「いぇーい!」と叫ぶ声と拍手が聞こえてきた。

 すごい、これがダンサーのノリなのか。僕はついていけない気がする。


「おーけい! では参りましょうDJあーゆーれでぃ?」


 でゅくでゅく! とDJが返事代わりに音を鳴らした。


「スリー、ツー、ワン! バトル、スタート!」


 聞いたことが無い曲が流れ始めた。流れ始めたと同時に先ほどまでとは比べ物にならない緊張感が襲ってきた。

 もう後戻りはできない。あれだけ練習してきたのに、今日この一回だけしかチャンスがないんだ。

 足元がおぼつかない気がする。僕は今立っているんだっけ。あぁリズムに乗ってる人がすごく上手そうに見える。どくんどくんと鼓動がうるさい。流れている曲の音と体の脈を打つ音に挟まれてどうかなりそうだった。

 時間が経つにつれ少しだけ落ち着きを取り戻していくが以前頭は真っ白だ。

 な、何か考えろ、何か……。

 考えているうちに一人が飛び出してトップロックを始めた。

 何となくリズムに乗って格好だけつけてムーブを見てみる。見てみたものの全く頭には入ってこなかった。どうしようと考えているうちに一人が終わりまた一人と出て行く。

 どうしよう、出なきゃいけないよな。知らない曲だけどいけるかな。サイファーの練習のときはどうしたんだっけ。あぁ、そうか加持が発破をかけてくれたんだ。今もこの観客のどこかで僕の事を見てるかもしれないな。

 ボトルスピンをせずに僕を見つめていた加持が頭に思い浮かんだ。練習の時の事を思い出すと次第に頭が冴えてくるのを感じる。

 あの時も曲をまともに聞けなかったけどリズムだけ取って動き出したじゃないか。今回もそうしたらいいだけだ。僕は心の中で「ワン、ツー」とリズムをとり始めた。

 リズムに乗ってきたところで今中央で踊っているダンサーがフリーズをした。

 もうすぐムーブが終わるはず。そしたら飛び出そう。……終わった!今だ!

 スッと前に出て周りの敵を見回した。が、その瞬間にDJがスクラッチをして別の曲に変えてしまった。リズムが少し変わった。


 えっ


 ***


 加持が僕の背中を優しく叩いた。


「まぁ、その何だ、出たタイミングが悪かったな」


 ちなみに僕はバトルを終え絶賛落ち込み中である。曲が変わってしまったことでパニックになりそれ以降何をしたか覚えてない。思考停止のまま踊り何かフリーズをしなきゃと思ってジョーダンをしたが失敗してドタっと倒れてしまった。

 結果はもちろん予選落ちだった。数十分前の「予選通過できたりして」とか考えてた自分の首根っこを掴んでフルスイングで投げ飛ばしたくなった。


「もう、何が何だか覚えてない。穴があったら入ってコンクリートで蓋したい」

「始めてのバトルだ、気にすんな。これも経験ってことで。とりあえず外の空気でも吸って来いよ」

「うん、そうする……」


 落ち込んだまま加持に背中を向け会場を後にした。


「あっ真島! おつかれー!」


 外に出てすぐに真理に会った。いつも通りひひひと笑っている。

 僕は依然落ち込んだままだったので自虐でもして気持ちを誤魔化そうと考えた。


「あっ真理」

「よくわかんないけど一生懸命踊っててすごかった! 次は勝てるといいね!」


 僕の言葉を遮って真理が言葉を発する。あまりににこやかに言ってのけるもんだから自分を傷つける気持ちがどこかに跳んでいってしまった。

 ……次、か。そうだよなぁ。くよくよ落ち込んでるより前を向いた方がいいか。


「あぁ、そうだな。次はもっと頑張るよ」

「ひひひ。次は真っ白で死にそうな顔で踊らないでね!」

「……こいつ!」


 真理の頭をくしゃっと力強く撫で回した。「痛い痛い」と真理が笑いながら僕の腕を掴んできた。僕もいつの間にか笑みが零れていた。

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