悪目立ち
入った感想は「思ったより小さいな」だった。小さな会場に大きな熱気が渦巻いていた。
入口入ってすぐ左手にバーカウンターがありグループと思われる男性四人組が飲み物を飲んでいた。右手には受付の人が椅子に座りテーブルの紙に向かって何かを書いている。中央が広場になっており、その奥のステージにDJブースが設置されていた。
今日はバトル当日だ。
「いよいよだね、真島!」
隣で真理がにこにこしながら僕の背中を叩いてきた。一週間ほど前、真理にバトルに出る事を話したら「行く! あたしも行く! 真島の醜態を見たい!」と行きたい宣言をされたのだった。
当の僕は緊張で返事もままならない状態だった。
「エントリーを開始します! 受付で名前と参加するクラスを記入お願いしまーす! DJタイムは続きますので引き続き踊ってくださーい!」
ワークキャップをかぶった髭の生えたお兄さんがマイクを片手に叫んでいた。今日のMCなんだろう。その案内を受けぞろぞろと受付に人が集まっていく。
みんながみんな上手そうに見えてならない。
ま、まぁでもサイファーはうまくいったしいやでも失敗したらしかし練習では……。
「真島、受付始まってるよ」
「う、うん、分かってる。ちょっと落ち着きたい」
深呼吸して息を整える。そうしてる間にもエントリーを済ましたダンサー達が中央のフロアで練習を始めた。
僕が教えてもらったばかりのトーマスをばんばん連発している人もいた。
普通に上手すぎるなあの人。いや、上級で出るに決まってるよな。あんなんで初心者クラスに来たら匙を投げるぞ。
「受付……始まってるのに……」
真理の声もあまり届かない程夢中でフロアで踊っている人達を観察した。MCの人もあと十分でどうのこうのと叫んでいたがあまり聞き取れなかった。
不意に肩を叩かれたので振り返ると加持が立っていた。
「よ、お疲れ」
「あ、や、やぁ。どうもお疲れ様」
「なんだよその喋り方。お前緊張してんのか?」
「う、うん。緊張しすぎてエントリーも受けてないくらい」
「はぁ? 早くエントリー済ませとけよ。初心者と上級者書き間違えんなよ。俺はもう済ましたから先に練習しとくぜ」
加持は颯爽とフロアに行くと少し柔軟をした後踊りだした。パワームーブをする度に「おぉ!」と歓声が上がる。
やっぱり加持はすごいな。僕と違って全く緊張してる様子も無い。それに動いたら皆注目してるんだもん。近すぎてあまり分からなかったけど、もしかしたらとんでもない人物と僕は練習をしているのかもしれない。
なんだか一気に惨めな気持ちになってきた。あぁもう、このマイナス思考どうにかならないかな。
「あと五分で受付締め切ります! まだエントリーしてない方は速やかに行ってください!」
案内が耳に入って僕は焦りだした。あ、あと五分だって? まずいぞ行かなきゃ。
動き出そうとしたが足に違和感を感じた。……う、動かない。
その場で僕の足は震えだした。
なんで動かないんだよ。緊張して足震えるとか漫画の世界だけかと思っていたのに。くそ、くそ。
僕の異変に気付いた加持が駆け寄ってきた。
「おい、大丈」
「間もなくエントリー締め切ります! 誰か出る方はいませんかー!」
加持の心配の声はMCの案内にかき消された。いよいよ締め切り間近となってしまった。これを逃すと僕はバトルに出れない。そんなのは絶対に嫌だ。
くそ、動け! 動け! 動け!
「受付始まったって言ってるじゃんかぁぁああ!」
僕は背中に大きな衝撃を受けて、そのまま受付の前へ飛び出してしまった。後ろを見ると真理が怒った顔で右足を上げていた。どうやら蹴り飛ばされたらしい。
「お、お兄さん。勢いいいね。バトル出るの? 初心者? 上級者?」
受付の女性に尋ねられ一瞬頭が真っ白になってしまった。
「はい! 初心者です!」
何か答えなくてはと焦った僕は小学生の出席確認のごとく叫んでしまった。周りからくすくすと笑い声が聞こえる。
あんなに自信満々に初心者ですなんて叫んでる人がいたら笑っても仕方が無い。少し恥をかいてしまったが何はともあれエントリーすることができた。真理に感謝だな。
傍ではくっくっくと加持が腹を抱えて笑っていた。
「おいおいお前すごく目立ったぜ。こりゃバトルの時も注目されるだろうな」
人事だと思って大笑いしてやがる。まぁ僕のせいだから何にも言えないけど。
「それではバトルの説明をしますのでフロアにお集まりください」
案内を聞いてエントリーした人達が中央に集まった。入りきらない人はバーカウンターの前で座っている。
「本日のバトルは予選でサークルバトルをします。全員がワンムーブ終わったら三名のジャッジに八人選んでもらいます。その後その八人でトーナメント戦を行い優勝を決めます。まずは初心者から始めて決勝戦が終わったら十分休憩を挟んで上級者のバトルを行います。それではジャッジのお三方を紹介致しましょう。まずはレペゼン……」
「ごめん、加持。聞いても分からなかった。何を言ってたか教えてもらえる?」
「あぁ、この会場の奴らと円を作って一人ずつ踊ればいいだけだ。それを見た審判が八人選出して、トーナメント戦って感じ。初心者から始めるらしいから準備しとけよ。」
「わかった。ありがとう。頑張るよ」
要するにこの前五人でやったサイファーと同じ事するんだな。
僕は頭の中で以前バトルですると決めた動きをシミュレーションした。練習の時はうまくいったんだ、絶対成功させてやる!
静かな闘志が心の片隅で燃え始めていた。
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