衝撃
全員が踊り終わったところで休憩を挟むことになった。外に出ると先ほどまでの高揚感が沈められていくのを感じた。
「よぉ、ちゃんと踊れたじゃん」
「いや、加持のおかげだよ。練習にも付き合ってもらったし、さっきだってボトルスピンをせずに待っててくれただろ?」
「さあてねぇ」
彼は誤魔化すようにタバコに火をつけて吸い始めた。
「いや、俺もびっくりしたよ。真島君もリンも初めてなのによく踊れたね」
「うちはまーしーが頑張ってたから負けられないと思って。それにしてもまーしーって何だかうまくなったよね」
「えっそうかな?」
「あー俺も思ってたーなんだか良くなってる気がしたー」
今まで褒められたことがなかったから何だかこそばゆい気持ちになった。
自分では全く気付かなかったけど……そんなに変わってるんだろうか?
「動きに慣れが出てきたんだろうね。反復練習してると段々動きやすくなったでしょ?」
「はい。何か疲れにくくなったというか」
「そう、それが上手く見える理由なんだ。多分体が最低限の動きで動こうとするから無駄が少なくなってキレイに見えるんだと思うよ」
なるほど……。そうか、上手くなってるのか。
「えー悔しい! うちも動き決めて反復練習しようかな」
「そういう練習も大事だよ。けどそれに頼ってばっかってのもあまり良くないよ。毎回同じ動きをしててもつまらないからね」
加持がタバコの火を消して話してる僕らのほうを向いた。
「ま、俺らはダンサーだ。音に合わせて踊ってなんぼっしょ。そろそろ練習しようぜ」
サイファーでうまくいった僕はバトルの練習はもういいかと思い新しい技に挑戦したくなった。
「ねぇ加持、何か新しい技教えてくれない?」
「新しい技? バトルの練習はいいのか? あんま油断してっと痛い目見るぞ」
「もちろんバトルの練習もするけど、何か挑戦したくて……」
「ならいいけどよ。……そしたらトーマスでもするか」
トーマスは体操の開脚旋回のことで、腕の力だけで体を持ち上げて前後に開脚した足を振るという技だ。
最初は足の振りを教えてもらった。左手を地面につけて左足を後ろから右回しに振る。右足に当たりそうになったら右足を左に半円を描きながら上に振るのだ。
「痛っ! いてて!」
ウィンドミルで足を振るのに慣れているはずなのに吊りそうになった。
「ま、足の振りに慣れて右足を高い位置で止めれるようになったら次のステップだな」
そう言うと加持は足を振ってビタっと止まった。右足は高い位置で止まっている。
「あぁ、あとお前の危機感を煽るために一個だけいい方法があったわ」
「え、なにをする気?」
加持の不敵な笑みに少し後ずさりしてしまう。
「それはだな……」
僕は自分の携帯電話を壁に立てかけていた。倒れないようにバランスを整える。
「こ、こんな感じでいいの?」
「あぁ、そんで動画でこちら側を写して」
加持の指示通りにカメラを起動してインカメラにする。これのどこが危機感を煽るのだろう。
「おーけーおーけー。じゃぁカメラに向かってお前がバトルでする動きをやってみ」
そう言うと彼はカメラに映らないよう端に避けた。
疑問に思いつつも決めた動きを行った。
……よし、今回も間違えずにできたぞ。
「おーし、そんでその動画を見てみたらいいさ」
携帯電話を取りにいきストップボタンを押した。
「ちゃんと写ってるかってこと?」
「まぁまぁ、見てみな」
何か歯がゆい感じがしたけど、動画の再生ボタンを押した。見始めた瞬間僕はとてつもない嫌悪感に襲われた。
……な、なんだ。この下手くそな動きは……。気持ち悪いシルエットに遅いフットワーク……。こ、こんな動きをしていたのか。
僕の表情を見てくっくっくと加持が笑っていた。
「どうだ? 自分の動きってめちゃくちゃ気持ち悪いだろ? ただそれが実際のお前の動きだからな」
「そんな……。自分じゃもう少し上手くできてると思ったのに……」
「お前が普段見てるのは俺の動きだろ? だから同じ動きをした時に『自分も加持と同じくらい出来てるんだ』って勘違いしてしまうんだよ。」
くそ、何か悔しい。もっと早くこの方法を知っていれば……。
「まぁバトルまでまだ時間あるからな。これを見てトーマスするかバトル練習するかはお前の自由だけど」
少し前の「バトル練習はまぁいいか」と思った自分を殴りたくなった。
「……そんなの決まってる! バトル練習だ!!」
僕はいつも以上にやる気に満ち溢れ叫んだ。
自分の動きを良くしようと猛練習してるうちに練習はお開きとなった。
帰りはタカさんとリンが送ってくれるとのことだったのでお言葉に甘えることにしようと思う。
「いやぁ今日は楽しかったね。真島君も上達してたし、いい練習会だった」
いえ僕なんか……まだまだ気持ち悪い動きですよ。本当早く練習しなきゃ……。
ぶつぶつ呟いている僕はきっと黒いオーラが出ているに違いない。
「と、とりあえず加持君から送ろうか、道案内よろしく」
僕の呟きに気を使ったのかタカさんは何にも触れてこなかった。
見慣れない景色を見ながら今日の練習会を思い出した。上手くいったと思ったらへこんで。でも天狗になりすぎたら成長はしないのかもしれない。本当、加持はうまいタイミングで僕に発破をかけるよなぁ。
考え事をしているとあっという間に加持の家の近くに来た。
「この辺で大丈夫っす。そんじゃ、お疲れした」
「お疲れ様でしたー」
「そいでは、まーしーの家にしゅぱっーつ!」
しゅっぱーつって、リンは僕の家知らないだろうに。
ナビに住所を入れ、案内を開始した。これで僕の拙い案内をしなくて済む。
しかし、出発してからしばらく無言の時間が続いた。
会話ないかな、何か……。もうすぐ着いちゃうぞ。
「そ、そういえばさ、わざわざリンも送らなくても良かったのに」
「んー? いいのいいの! タカと一緒に居たいし」
「一緒に居たいって何かカップルみたいだな。そういえば最近二人でいる時多いよね」
「ん? ……あぁ、あんたには言ってなかったわね。うちら付き合ってるの」
へー付き合ってるのか。……んん?付き合っ!?
「えええぇぇぇ! い、いつから!?」
「海でナンパされたの助けてくれたじゃない。あれからうちが猛アプローチよ。かっこよかったんだもん」
……ま、まじか。ナンパなら僕も助けたのに。……じゃなくて、付き合ったのか。へーふーんあっそう。
「言ってなくてごめんね真島君。着いたよ」
気付いたら家の前に到着していた。半ば放心状態で車から降り、二人のほうを向いた。
「お、お疲れ様でした」
「うん、お疲れ」
今日一日で色々ありすぎてパンクしそうだった。こういう日は早く寝よう。そうしよう。
疲れた体と頭を引きずって僕は家の扉を開けた。
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