小さな勇気

 準備運動の為に柔軟をしていて結構体が柔らかくなっている事に気付いた。始めた当初なんて固すぎて嫌気がさしていたけど日々の努力って大事なんだと実感する。

 継続は力なりってやつか。ただその継続ってのが一番厄介なんだよな。一週間続けば習慣になるなんて言葉も聞くけどまず一週間も続かない。

 テレビで誰かが言っていたな。何かを始めようとした人が諦めるまでに何回行動するでしょう。……答えは一回にも満たないらしい。行動する前に言い訳をして辞めてしまうそうで、だから続けるってのは相当難しいんだって。


 入口のドアが開きミズキさんが遅れてやってきた。少し疲れ気味のところを見ると仕事終わりだろうか。

 なんにせよこれで人数は揃った。練習が楽しみだな。


 練習をしてしばらくすると加持から召集がかかり、中央に集まって座った。音楽を止めに行ったタカさんがこちらに向かってきている。全員が集まったことを確認して、加持が咳払いして立ち上がった。


「今回は話した通りバトルの練習を兼ねてサイファーをしたいと思ってる。一時間くらい練習して体を温めてからしようと思うけど大丈夫か?」

「いいよ、俺は大丈夫」

「サイファーまじ久々ー」

「そんじゃぁよろしく」


 加持の言葉を皮切りにみんなバラバラに散らばった。リンは音楽をつけにいったタカさんに「一緒に練習しよ!」と誘っていた。

 僕も動きの流れの確認をしないとな。失敗しないようジョーダンも練習しとかないと。

 外に人影が見えたのでそちらを向くと、加持がタバコを吸って休んでいた。えらい余裕だな……。

 動きの確認をするつもりが、あれもしときたいこれもしときたいと手を出していたら結局今できる技の反復練習になってしまっていた。

 まずいな、一回しか確認できてないぞ、本当に大丈夫かな。

 一時間経ってしまったのかみんな次第に中央に集まりだした。僕も慌てて駆けていく。


「よし、円もできたな。そんじゃ踊りたい奴が出る感じで。しばらく出なかったらボトルスピンね。はい、スタート」

「えっ」


 そんな軽い感じで始まるの? 踊りたい奴って言われても最初に出るのは嫌だな。

 音楽だけが流れ誰も前に出ようとはしなかった。みんな様子見って感じなんだろうか。

 均衡状態を破り加持がすっと前に出た。おっ踊るのか、と思ったが彼はペットボトルを手にしていた。その場でくるくるとボトルを回転させる。これがさっき言っていたボトルスピンってやつか。

 ぴたっと止まると加持はタカさんを指差した。どうやら蓋の向いている先の人が指名されるらしい。

 指名されたら拒否権はないよな。恐ろしい。

 タカさんは滑り込むようにしゃがみながら前へ出ると、とんっと跳び、体を反転させそのまま片手倒立で動きを止めた。と同時に音楽も一瞬だけ止まった。

 す、すごい。これが音に合わせて踊るということか。

 止まったり、激しくなったり、少し違う音が鳴ったりと、そういう音楽に合わせて踊る。……かっこいいな。

 その後彼は立ち踊りのトップロックを少しした後倒立で跳ねるラビットや肘倒立に落としてすぐ倒立に戻したりして音をとって最後にフリーズして決めた。

 仲間が踊ったということもあってか、踊り終わるや否やミズキさんが前に出た。僕達の顔を見ながら一周ぐるりと歩いた後トップロックに入った。何だか一周ぐるりと回っただけなのにお前ら見とけよと言われた気がした。雰囲気の出し方がすごい。

 それに対して僕がしようとしてるのは基本を組み合わせた動きをするだけ……。何だかつまらない動きな気がした。


 二人の動きを見れば見るほど気後れをしていく自分がいるのを感じた。正面にいるリンが少し俯いているのが見える。きっと彼女も同じ気持ちなのかもしれない。まるで鏡のようだった。

 ミズキさんが踊り終えたあとまたしばらく誰も動かなかった。またもや加持が動き出した。しかし手には何も持っていない。颯爽とパワームーブを繰り出してみんなの注目を集めていた。さすがは加持といったところか。気後れなど全くないのだろう。

 またしても僕ともう一人は動くのを躊躇ってしまった。


 音楽だけがしばらく流れていた。僕とリンはお互い目線が合うがすぐに逸らしてしまう。踊っていないのは僕達だけだった。

 加持は先ほどボトルスピンした時と同じくらい時間が流れていたのに、今回は回さず僕を見ていた。

 分かってる。僕から行かなきゃいけないことは。壁を乗り越えるべきなんだろ。ここで前に出れなきゃバトルでも踊れないんだろ。

 ほんの少し目を閉じて鼓動を落ち着かせた。大丈夫。最初はトップロック、ラビットをしてそこから……。

 覚悟は決まった。目を開いて僕は前に飛び出した。リンの見開いた目がチラリと写る。あぁもう音なんて聞いてられないや。リズムだけは合わせるぞ。きっと大丈夫。

 無我夢中で踊っていると気付いたら僕はジョーダンをしていてムーブを終わらせていた。加持が手をパンと叩いてぐっと親指を立ててきた。僕もにこっと笑い返す。

 リンが私もと言わんばかりに踊りだした。タカさんとミズキさんが頑張れと声援を送っている。

 ……踊った。踊りきった。これが人前で踊るという事か。

 リンが踊っている最中だったが、僕は目を瞑って顔を上げ先ほどのまでの無我夢中で踊った感覚を思い出していた。

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