喪心

心躍る恐怖


 ウィンドミルは一周できれば回った勢いがあるので二周目もやりやすい事に気づいた。もちろんそこで油断するわけにはいかないけど、僕にはもっと大事な試練がある。そういうわけでウィンドミルの練習はそこそこにバトルに向けての練習が始まった。


「いいか。どんなに練習しても本番っていう魔力は恐ろしい。頭が真っ白になって練習してたことを忘れてしまうし、体が勝手に違う動きをし

 たりする。そうなった時の為に何をするかを最初から決めておいたほうがいい」


 加持の説明にうんうんと頷く。


「俺は基本しか教えなかったけどこの前の合同練習で縦の技とスリッドを教えてもらっただろ。あれを組み合わせて自分なりのムーブを作ってみ。」


 えーと、縦の技ってのは片手の倒立で止まったりするやつだよな。確かジョーダンってやつ。スリッドは足と手で輪っかを作るやつだ。それを組み合わせる……?


「自分なりのムーブって言われてもまずどうやって組み立てたらいいか……。順番とかあるの?」

「いや、基本的にない。普通ははトップロックしてフットワークまたはパワーに入ってフリーズで決めるって流れだな。初っ端からバチっとフ

 リーズ決めてからムーブに入るやつもいるし、いきなりパワーを始めるやつもいる。要は自分が何を魅せたいかだな」


 なるほど基本はトップロック……立ち踊りの事だったな。それをしてから、しゃがんでステップを踏むフットワークに入るっと。しかし後半の説明については少し戸惑うな。


「何を魅せたいか、か……」


 困ったな、全く思いつかない。そもそも僕は他人に見せれるようなレベルじゃないし。


「今まで練習してきて一番うまくいったのはなんかあるか? それかこれは得意だってやつ」

「うーん、それこそ倒立系の技はうまくいったことがあるかな。倒立して跳ぶやつ……ラビットとか、ジョーダンとか」

「縦系か。ならまずジョーダンを完璧に出来るようになったほうがいいな。トップロック、フットワークやスリッドをしてる間にラビットとか

 挟んでもいいかもしれない。そんでジョーダンで終わるってムーブで組んでみるか」

「わかった。ありがとう」


 さすが加持だな。何をしたらいいかを導いてくれる。きっといい指導者になるに違いない。


 動きの順番を決めてからはずっとその動きの練習を繰り返した。

 加持も僕につきっきりで教えてくれて何だかいつもの自由練習と違って新鮮だった。どこがまだできてない、ここの動きを増やしたらいいなど指導してもらえてとても充実感があった。

 こんなにつきっきりで練習見てもらってるけど加持はバトルに向けて練習はしなくていいの?と聞いたところ、「俺は音に合わせててきとーに踊るから」という無敵感溢れる返答が返ってきた。

 これが経験の差か。やっぱりすごいや。山での決意表明以来、加持を目標に頑張ってきているけど到底追いつけそうに無い。それでも少しでも追いつきたいしバトルでいいところを見せたいという一心で練習に励んだ。


 ***


 バトルに出ると決まってから一ヶ月くらい経っただろうか。僕はバトルで使うムーブも決まりひたすら練習しまくっていた。


「そろそろサイファーでもするか」

「さ、さいふぁー?」

「サイファーってのは人数集めて円を作ってその中で一人ずつ踊る事なんだが……まぁ要するに練習試合みたいなもんだ」


 練習試合か。今の僕のムーブが人前でも出来るか試せるいい機会なのかもしれない。


「もう予定は決めてある。明日ダンススタジオに行って5人でするぞ」


 どうやら加持はタカさん達にアポイントを取って、ダンススタジオの空いてる時間を借りて練習する予定を組んだらしい。


「明日か……。うまくできるといいな」

「お前が本番に強いタイプかそれとも弱いのかハッキリするな」

「絶対弱いと思うよ。正直怖いけど、とにかく頑張るよ」

「なに今から緊張してんだよ」


 本当だ。なぜか僕は本番でもないのに緊張していた。それと同時に踊りたくてたまらない気持ちもあった。


 サイファーをしに行くダンススタジオはいつも練習している宝満市から三つ離れた市にあった。


「い、意外と遠いね。リン達はこんな遠くから来てたのか」


 駅の改札口を出て背伸びをした。時間がかかって電車の中で眠ってしまっていた。


「あぁ。まぁ幸いスタジオは駅近くにあるみたいだな。北口出て左に曲がったらすぐらしいぞ。」

「そうなんだ。ちょっとそこのコンビに寄ってもいい? 飲み物買っておきたい」


 僕はすぐ近くにあるコンビニを指差した。

 えーっと水はでかい方がいいかな。でも邪魔になるかも。あ、翼をつけるで有名な飲み物だ。これもいいな。

 商品を見て悩んでいると誰かに肩をぽんっと叩かれた。


「やぁもう着いたのかい。真島君」


 振り返るとタカさんが笑いながら立っていた。


「やほー! まーしー。」

「なんだリンもいたのか。丁度良かった。飲み物買ったらスタジオに行こうと思ってたんだ。一緒に行こうよ」


 ありがとうございましたー。という声を背に僕達は出入り口へと向かう。

 外でタバコを吸っている加持と合流してダンススタジオへと歩き始めた。

 二人に着いていくとアメリカンな服屋の前に到着した。お店の入口横の階段を下りるとガレージのようになっており、入口付近は休憩スペースも兼ねているのかのかベンチと灰皿スタンドが置いてある。

 スタジオ内は外からも丸見えで前面は鏡張りになっていて、入ってすぐ左側にDJブースがあり右側は私物等を置いているようだった。

 普段ならダンスレッスンを行っているこの場所も今からの時間は僕達の貸切になる。最後のレッスンを終えた生徒たちが「お疲れ様です。」と物珍しそうに僕達を見て帰っていった。

 初めてのダンススタジオの雰囲気にわくわくしながら扉を開けてみるとものすごい音の弾丸が僕を突き刺した。あまりの大きさに少し後ずさりしてしまったものの、何かに立ち向かうかのごとく僕は中へと歩みを進めた。

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