転機

 気づくと暗い空間の中にいた。手足を動かそうとしたが動かない。それに体が重い。暗闇の中目を凝らしてみるとそこにはこけしのような顔の子がいた。

 な、なんだってんだ……まさか……まつたけ……さん……?


「ほら、あなたの望み叶えてあげる」


 僕の首元に白い手をゆっくり伸ばしてきた。

 やめろ……やめろ、やめろ!!!!


「っは!」


 ふと目を覚ますと見慣れない天井が目に入った。そして畳の匂いが僕を襲う。隣ではミズキさんとタカさんが布団も被らず寝ていた。

 そうか……怖い話の途中で寝てたんだっけ。まさか夢にまで見るとは。それにしても体が重いな……。

 布団を捲ってみると真理が僕にしがみついて寝ていた。

 こいつ布団の中でよく寝れたな。息苦しくなかったんだろうか。

 真理をどかして周りを起こさないようそっと起き上がった。なんだか喉が渇いたや。こっそりと部屋を出ようとしてると布団が一つ片付けられているのが目に付く。

 そういえば加持がいない。もしかして寝づらくてもう一つの部屋にいったのだろうか。

 部屋を出てエレベーター前の自動販売機で水を買い、窓の外を眺めた。きれいな朝日が顔を出していた。浜辺を散歩したら気持ちいいかもしれない。


 フロントスタッフの「いってらっしゃいませ」を背後に外へ踏み出した。浜辺まで続く道を歩いていると砂を蹴るような音が聞こえてきた。

 こんな早朝に散歩してる人もいるんだな。それにしても砂を蹴る音が大きい。

 階段に差し掛かり音を鳴らしてる人物を見てみると、そいつは見慣れた動きをしていた。


「加持?」


 加持は僕の声かけに少しびっくりして振り返った。


「お、おぉ。早起きだな」

「そっちこそ。なにしてるの?練習?」

「あぁ、昨日は遊んでて全く練習できなかったからな。やっぱ動かないと落ち着かないわ」


 すごいストイックな奴だな。加持のダンスの凄さの根源はこれなのかもしれない。

 いつだったか加持は僕にうまくいかなくて課題だらけって話をしてくれたことがあったっけ。こんだけ練習して悩んでるんだから僕が悩むのだって当然だよな。

 やっぱこんだけ練習しないと上手くならない、か……。


「僕も練習する!」


 加持のストイックにあてられてやらなきゃいけない気がしてきた。初の砂浜練習だ。うまくできるかな。


 数十分後、一息ついた僕達は砂浜入り口の階段に腰掛け少し談笑した。

 ざざざと音を出して揺れる波を見ると、とても落ち着いた。心の中にも穏やかな波が流れているようだった。

 それにしても砂浜での練習は難しいな。足が沈むもんだから踏ん張りがきかないし頭をつけるのも躊躇うし。アクロバットの練習には向いてるって加持は言ってたっけ。

 砂浜でダンスといえばミズキさんが思い浮かんだ。彼はモテる為にダンスを始めたんだったよな。加持は何でダンスを始めたんだろう。


「そういえば加持はなんでダンス始めたの?」


 僕の質問に加持は頭を掻きながら少し間を置いた。


「……始めは見ていたんだ。でも次第に一緒にやりたくなったから、かな」


 見ていた……?

 前に合同練習をしたときのことを思い出した。


「もしかして、エイトって人?」


 加持は無言で頷いた。


「確かお兄さんだっけ。今はどこでなにしてるの?」


 聞いた瞬間に「しまった!」と思った。こんだけ話したがらなくて未だに見た事ない人だ。もしかしたら亡くなってる可能性も……


「アメリカ。生活はクズだから賭け事か女と遊んでるかだな」


 ……なかった。しかも予想の斜め上の人物だった。乾いた笑いをしてると加持が背伸びをした。


「……ふぅ。さ、そろそろ戻るか。あいつら起こして朝食を食おう」

「え、あ……待ってよ」


 さっさと帰り始めた彼の背中を僕も追いかけた。


 チェックアウト日の朝はあっという間に時間が過ぎるものだ。あれからみんなを起こして朝食を食べに行き、部屋に帰ってうたた寝をしてたらあっという間に帰る時刻となった。

 リンとタカさんがフロントでチェックアウトを済ましてる間に、同じ階にある売店でお土産を見ながら時間を潰した。たった一つしか県を跨いでないのにそこには全く見た事ない品がズラリと置いてあった。これが全国にあるもんだからすごいよな。


「楽しかったね。また海に入りたい」


 隣でお土産の煎餅を見ながら真理がポツンと呟いた。


「あぁ、また来年な」


 彼女はひひひと笑った。


 受付をした二人と合流して駐車場までの道のりを歩き出した。たった一日しか過ごしてないのに駐車場からホテルへの道がやたら懐かしく感じた。

 いつか、いつか近い将来この瞬間を思い出すとき、きっとこの懐かしさと少ししょっぱい潮風を思い出すこととなるだろう。僕は振り返って綺麗に輝く太陽に目を細めた。


「あ、そうそう。宣伝」


 別れ際にタカさんがチラシを僕達に配ってきた。


「それね、二ヵ月後に行われるダンスバトルの詳細。知り合いのダンサーが主催するんだ。初心者の部と上級者の部で分かれてるからよかったら参加してみてよ」


 説明を聞いてチラシに目を通してみると、ダンス暦一年未満バトル未経験は初心者でそれ以外は上級者と書かれていた。


「このバトルはそんなに大きくないから有名な人とか来ないから出やすいと思うよ。特に加持くん。君なら優勝できるかもしれない」


 加持は無表情でチラシを見ていた。


「僕、加持のバトル見てみたい。良かったら出てみてよ」


 僕は素直に加持のバトルを見てみたかった。いや、本当は優勝する彼を見たかった。


「うーん……。バトルか……」


 しかし当の本人は少し渋っているようだった。ミズキさんやリンも加持ならいけると応援を始めると、彼は仕方ないと言わんばかりにため息をついた。


「ま、出てもいいけどよ、その代わり……」


 いきなり僕の肩をがしっと掴んできた。びっくりして加持を見る。


「こいつが出るなら出るわ」


 え、えぇぇ! 僕なんかが出ても何もできないぞ!

 僕の心中を察したのか彼はにっと笑った。


「大丈夫。俺があと二ヶ月みっちりしごいてやる」


 他の人達も面白そうとはしゃいでいた。断れる雰囲気じゃなさそうだった。相変わらず真理はひひひと笑っている。


「本気かよ……」


 こうして僕は半強制的にバトルに参加することとなった。もうどうにでもなれだ、ちくしょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る