立夏の香り
リンとタカさんとミズキさんが受付をしに行ってくれたので僕と加持はロビーのソファに座って待っていた。真理は目をきらきらさせて歩き回っている。
それにしてもすごい綺麗なホテルだな。ホテルの壁や天井はすべて黄色とオレンジを混ぜたような暖色で、ディフューザーからはアロマの香りがしてとても落ち着いた気分になれた。
天井の電灯はガラスのよくわからない丸いものが無数に垂れ下がっているし、室内というのに噴水みたいなものまである。入り口近くのレストランなんて外にでかいデッキを用意していて海を見ながら食事ができるようになっていた。
「お待たせ。部屋に荷物を置きに行きましょ」
受付を済ませてくれた三人が戻ってきた。手にはカードキーを持っている。キーケースに「505」と書いてあるのが見えた。
先頭を歩く三人の後を追うように僕達も動き出す。
「ラッキーだな。もっとしょぼいホテルかと思ってたけど結構良さそうじゃん」
「本当にね」
加持の声も少し弾んでいる。楽しそうにする加持を見るのは新鮮だった。
エレベーター中に入るとリンはカードキーをカードリーダーにかざした。このホテルのエレベーターはカードキーが無いと上へ上がれない仕組みになっているようでセキュリティもしっかりしている。
五階に着きエレベータが開くと正面に自動販売機とソファが置いてあるスペースが見えた。真理がソファの方へ行こうとしたのでがしっと腕を掴む。目を離したらどっかいっちまうかもしれない。
エレベーターを出て右に曲がると通路が左右に分かれていた。
「えーと……ごーまるご、ごーまるご……こっちね」
通路を左に曲がってしばらく先に目的の部屋があった。ちなみにタカさんとミズキさんは向かい側の部屋だった。
「なんかここねぇリゾートホテルだけど和室もあるらしいの。無料でグレードアップできますけどいかがですか? って言われて変えちゃった」
リンが客室のドアにカードキーをかざした。
「そうなんだ。僕は和室のほうが落ち着けるから丁度いいかな」
加持も無言で頷いていた。
「そう、良かった。じゃぁ開けるわよ」
扉を開けると畳特有の匂いが鼻を通り抜けた。
綺麗な畳の中央には机があり、背もたれつきの低い椅子に座布団が敷かれている。机の上にはお茶菓子とメッセージと折り紙の鶴が置いてあった。
「真島! すごいよ壁!」
真理の声に振り返ると壁には薄く桜が書いてあった。多分壁紙を貼っているのだろう。とても綺麗だった。
部屋の奥は襖で仕切られていて襖を開けるとオーシャンビューが広がった。
すごい、いい部屋だ。本当に落ち着いて過ごせるなぁ。
「いやぁ、それにしても複数人でお泊りなんて久しぶり。ワクワクしちゃう」
荷物を置きながら発するリンの声に今更ながらはっと気づいた。
女の子と一緒の部屋で寝るのか……?
「えっそういやそうだ。リン、男二人と一緒に泊まって大丈夫なの?」
焦ってリンに問いかけると彼女はきょとんとした顔をしていた。
「あら、別にいいじゃない。そんなこと気にする仲でもないでしょ。それに……」
彼女はにまっと口角を上げた。
「襲いたかったら襲ってもいいのよ」
「馬鹿なこというなよ!」
一瞬で顔が熱くなった。きっと端からみたら真っ赤な顔をしているだろう。
なんて冗談を言うんだ。こんなんじゃ全く落ち着いて過ごせない。
「じゃぁうちが襲おうかな」
けたけたと笑いながら僕に追撃をかけてきた。頭おかしいんじゃないか?
「ねぇどう思う加持」
「あぁ、襲えばいいんじゃない? 許可もらったんだろ」
……ダメだ、こいつも頭がおかしかった。
午後二時五十分。僕と加持はホテル一階ロビーの椅子に座っていた。
「まぁなんにせよ楽しみだね。久しぶりだなぁ海」
すぐに海に遊びに行こうということになり、着替えて一階に集合する流れとなった。
僕と加持は客室についている浴室で着替え先に一階へと向かったのだった。まだ僕をからかうのを面白がってるリンは「一緒に着替える?」とうす笑いしていたが無視した。
「さっき受付で見たけど、オーシャンウォーキングって体験があるらしいぜ。後で行こうぜ」
おーしゃんうぉーきんぐ? 海の中を歩くのかな。なんにせよ面白そうだ。
「やぁ、二人とも。早いね」
声をかけてきたのはタカさんだった。横にはもちろんミズキさんがいた。
「あ、どうも。すみません有料の部屋支払っていただいたみたいで」
「気にしなくていいよ。リンが一緒の部屋だと落ち着かないしね」
タカさんはニコっと笑った。すごくいい人だなぁ。しかもリンの性格を分かっている。一方で隣のミズキさんは目の奥を少し光らせて佇んでいた。
「な、なんか目力入りすぎてませんか?」
僕の問いに気づくとミズキさんはにやっと笑った。
「やっと念願の目的を果たす事ができるんだー」
「も、目的?」
「あぁ、ミズキはねモテる為にダンス始めたんだよ。だからビーチでダンスしてモテよう作戦を考えてるらしいんだ」
「は、はぁ……」
なんだかミズキさんに黒いオーラが見えた気がした。あんなにふわふわしてるのに心の内はメラメラしてるんだなぁ。
「やぁやぁお待たせ。行きましょう!」
遅れてやってきたリンは今日一番楽しそうな声を発していた。
ホテルから海までを繋ぐ木々に囲まれた道を歩きだす。一気に潮風と強烈な日差しが僕たちに降り注いだ。
夏が始まる──。
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