戦いの旅路

「海に行くわよ!」


 お土産に渡した松竹餅を頬張りながらリンが言った。


「う、海?」


 そういえばこの前は山に行くわよ! って言ってたっけ。次は川にでも行きそうだな。最終的には宇宙に行くわよ! とか言いかねないかも。


「そう、一泊二日で行くの! この前、飲み会の景品でリゾートホテルの招待券が当たったの! これは行くしかないじゃない」

「へぇーすごいね。加持はどうする?」

「タダで行けるならいいんじゃね?」


 加持は片手でチェアーをしながら答えた。あれってエアチェアーって言うんだっけ。腕折れないのかな。


「おーっとそんな口聞いていいわけ? タカとミズキも誘ってるけど、この招待券は三名一室のみが無料なのよ。つまりもう一部屋は有料ってこと。あんたの態度次第じゃ有料になるけど?」


 そう言うと招待券をひらひらさせた。


「あぁそう。なら行かねーから」


 彼は相変わらずエアチェアーをしながら答えた。トーン的に本当に行く気がなさそうだった。


「ちょ、なに言ってんのよ! 来ないなんて許さないんだから! むきーー!」


 彼女は地団駄を踏みながら怒鳴った。さっきの勝ち誇った顔はどこにいったんだよ……。


 海は五日後の土曜日に行く事になった。リンは有給を取って二連休にするらしい。タカさんとミズキさんは土日休みとのことだった。

 海の計画は招待券を貰ってすぐに立てたらしく事前にホテルの予約と支払い、有給申請は済ませてあるらしい。

「あんた達ニートだから有料のほうの部屋はあの二人が泊まるそうよ。有り難く思いなさい」とはリンの言葉で、なんだかんだ言って結局僕達も行かせる気満々だったってことだ。ちなみに「俺はニートじゃねぇって言ってんだろ」とツッコミがあったのは言うまでもない。


「というわけで海に行く事になったけど行かない?」


 僕はちょうど練習を見に来た真理を誘ってみた。


「えぇーあたし誘われてないからいいよ」

「大丈夫だって。僕が聞いてみるよ」

「いいって言ってるのに……」


 僕は振り返ってリンのほうを見た。ちょうど倒立をしていておへそがちらりと見えた。


「ねぇ、リン。さっきの招待券に添い寝について書いてなかった?」


 声に気づくとリンは倒立を辞め、僕のほうを見て不思議そうな顔をした。


「添い寝?あーそんなに注意事項見てないからわかんない。ちょっと待って」


 彼女は招待券を取り出ししばらく見つめたあとに口を開いた。


「あー書いてあるわね。えーと、小学生まで無料だって」

「じゃあ泊まれるってことだね」

「そうね。来るんならね」


 リンは優待券をカバンに入れてまた練習に戻っていった。

 なんだ、さっきの会話聞こえてたのか。確かに真理はあまりいい返事はくれなかったな。


「確認も取れたし一緒にいこうよ。きっと楽しいよ」


 真理のほうを振り向いて再度誘ってみた。


「うーん、考えとくね」


 最後まで彼女は歯がゆい返事のままだった。


 楽しみにしていると時間というのはあっという間に過ぎるもので、気づいたら当日の朝になっていた。

 集合は十二時に筑紫野駅前の広場。まぁいつも練習してるところだった。一応真理には集合時間は伝えたけど来てくれるだろうか。少し不安はあったものの駅へと足を急がせた。

 加持はもう到着していたようでベンチに座ってパンを食べていた。朝から何も食べてない僕のお腹はその光景を見ただけでぐぅと鳴った。まぁもうすぐ時間だし、買いに行くのは諦めよう。


「やぁ。僕も早めに来てパンを買えばよかったよ」


 加持に声をかけて駆け寄った。

 それにしても真理は来るのかな。今のところいないみたいだけど。

 辺りを見回していると目の前のロータリーに一台の車が止まった。


「ハローーお待たせ。乗っていいわよ! タカとミズキは先に行ってるから急がないとね!」


 中にいたリンが窓を下げ僕達に向かって呼びかけた。いつにも増して声がでかくて明るい。

 加持が歩き始めたが僕は動けないでいた。まだ真理が来ていない。


「どうした? 行かねーのか?」


 加持の声に反応してそちらを見ると、少し離れたところで真理が走ってくるのが見えた。なんだよ、心配させやがって!


「なんでもない! さぁ行こう!」


 僕の声もつい弾んでしまっていた。みんな揃って向かうとなると楽しみが一気に押し寄せてきた。


 ***


「う、うぅ……」


 行く前に感じた楽しみはどこ吹く風だった。


「ほら、しっかりして。もう着いたから、ね。すぐ傍にベンチがあるから座りましょ」


 リンの優しい言葉が聞こえてきたが左から右に突き抜けただけだった。

 なぜなら僕は酔ってしまったからである。おかげで道中は酔いとの戦いで全く記憶に無かった。高速道路の代わり映えしない景色をただ眺めていただけで会話もできなかった。


「ひひひ、真島変な顔」


 傍で笑っている真理に殺意を覚えた。くそ、後で覚えてろよ。

 ベンチに座るとひゅうと風が吹いてきて髪を撫でた。潮の香りもする。顔を上げると少し離れたところに海が広がっていた。きれいな景色にぼーっとしていると酔いがだんだん醒めてきた。


「ご、ごめんみんな。もうだいじょうぶだから……」


 足に力を込めて立ち上がった。よし、行ける。

 駐車場を出て砂利道を少し歩くと一面に海が広がった。


「うわぁ……」


 青々としていてとても綺麗だった。思わず立ち止まり見とれてしまった。


「ほら、こっちよ」


 リンの声に振り返ると目の前にでかくて綺麗な建物があった。入口にタカさんとミズキさんもいる。


「今日のホテルはここ。まずチェックインしましょ」


 とても高そうなホテルに唖然としながらホテル内へと足を踏み入れた。

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