思い出の結晶
暑い日差しと冷えたお餅
観光客で賑わっている表参道に蝉の声が鳴り響いていた。
僕が小さい頃はこんなに観光客はいなかったはずだ。時代の流れだろうか、外国人もたくさんいる。
「
それにしても暑いな。今年の太陽は本気出しすぎじゃないか?
「真島ーー。待ってよーー」
遠くから真理が走って追いかけてきた。
「遅いぞ。何やってんだよ」
今日は真理を天満宮に連れて遊びにきた。今まで一方的にお世話になったもんだからその恩返しが目的だ。
どこに行きたいか?と問えばお餅食べに行きたい。との返答だったので僕が住んでる四王寺市の名物「松竹餅」を食べにやってきたのだ。
「いやぁ、四王寺バーガーなんてものがあったからさ。つい見とれて」
「お前餅食いにきたんじゃないのかよ」
「そうだった! あとせっかく来たんだからお参りもしたいな」
真理の要望で本堂に向かうことにした。まぁ僕も本堂には行くつもりできたんだけど。
「真島が早く独り立ちできますよーに」
ぱんっぱんっと手を合わせ真理が呟く。こいつは何をお願いしてんだ。僕はお前の息子か。
真理が参拝を終えるのを見届け列から外れた。
「真島はお参りしなくていいの?」
「あぁ。俺は神様とかご利益とかそんなの全く信じてないんだ。人間が勝手に作り出した幻想だよ」
「むーーじゃぁなんで本堂に来たの?」
「まず一つはお前がお参りしたいって言うから。もう一つは他人が作り出した神様なんてものにお金を貢いでる人を見るのが面白くてね」
「性格悪ぅ。いざという時に神頼みしても助けて貰えないからね!」
「あぁ大丈夫。信じてないから」
ぷくっと頬を膨らませた真理を背に歩を進める。それにしても暑い。額の汗が玉になって流れ落ちた。
参道に並ぶ餅屋は昔は食べ歩きが主流だったけど今はカフェスペースを作っている。
この通りにはいくつもの飲食店が並んでおり、だいたい二、三軒に一つは松竹餅を売っている。
どこかいい店はないかと辺りを見回していて気づいた。真理がいない。
あいつ……。どこに行ったんだ。くそ目を離すんじゃなかった。
わん! と犬の鳴き声が聞こえてきた。声の方に目を向けると柴犬が少女に吠えていた。というか真理に吠えていた。しかも彼女は両手に松竹餅を持ちさらにその可愛らしい頬はぱんぱんに膨れている。どんだけ餅好きなんだよ。
「おい真理。勝手に食べ歩きするなよ。僕は歩きつかれたからこのお店でお餅を食べていくぞ」
目の前にあったお店に向かって真理の腕を引っ張ると頑なに抵抗された。首をぶんぶん横に振っている。
「いやふぁ。ふぉふぉおいえ、いふはいふおん。ほわい」
日本語訳すると「嫌だ。ここの店、犬がいるもん。怖い」らしい。
「大丈夫だよ。食べ物に反応してるだけ。リードに繋がってるから襲ってこないって。すいませーん。松竹餅二つください」
はいはい。とおばあちゃんが店の奥から歩いてやってきた。
「中で食べる? お土産?」
おばあちゃんが叫んで棚を指差した。商品棚にはお土産用に二個、四個、八個、十六個と商品が並んでいる。
ちょうどいい。加持とリンにも買っていってやるか。どうせこの後練習だし。
「じゃぁ店内二つとお土産二つで」
僕も負けじと叫んだ。さっきから犬が吠えててうるさかった。
「はいよ。じゃぁ中で待っててね。コラ、ウメ! うるさい!お座り!」
おばあちゃんの注意も空しく犬は真理に向かって吠え続けている。真理も恐れて店内に入れない状態だった。
仕方が無い、僕の体で隠しながら中に入るか。そう思って真理のほうへ行こうとしたら犬を繋いでいたリードが外れた。
あ。え。え、え! リード外れた! まずい! 真理!
彼女は地面を蹴る音と共に一目散に走り抜けていた。観光客の間をすいすい抜けていく。
「すみません! 後で戻ってきます!」
お店の奥のほうへ声をかけ、外れたリードを持って駆け出した。
幸いにも犬が走っていった方向はわかった。犬を避けた後に観光客が犬のほうを目で追っているので観光客の顔が向いている方へ走ればよかった。
二、三分ほど走っただろうか、夏の日差しのせいで少し立ちくらみがした。視界の端に犬の尻尾が写る。
犬は参道から少し外れた石垣の近くでウロウロしている。真理はどうやって登ったのかわからないが三メートルはありそうな石垣の上に立っていた。
「ま、真島ぁ早く助けて!」
真理が泣きそうな声をしている。急いで駆け寄りリードを犬の首にかけた。
なんだこいつ。僕に対しては大人しいぞ。
「真理、リードつないだから安心していいよ。僕は店に戻るから先に四王寺駅に向かっておいて」
これ以上この犬の近くにいたら真理が襲われかねない。なぜか今も真理のほうを見てるし。無理やりリードを引っ張り道を引き返す。しばらくしたら犬の方が先頭をきって店に向かいだした。
「あらぁウメ。散歩に連れて行ってもらっとたんね。よかねぇ」
帰ってきた僕達を見ておばあちゃんはにっこり笑っていた。
いやそんな楽しいもんではなかったぞ。こっちは心身共にへとへとだ。
犬はへっへっへっとおばあちゃんに擦り寄っている。この憎きウメめ。練習前に疲れさせやがって。
代金を払い商品を受け取ってすぐに駅へ向かった。
真理はひひひと笑いながら僕を待っていた。どうやら恐怖心が消えて楽しい思い出に変わったらしい。
「お前のせいで餅が冷えた。罰として今日の練習付き合ってもらうぞ」
笑っている真理の頭に手を置いて改札口へと歩を進めた。
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