暗雲
合同練習以来加持の陰りは息を潜め通常運行となっていた。僕にしてみれば何があったか聞きたいし悩みであれば聞いてあげたい。いずれ話してくれるのを待とうと思う。そうは言いつつも練習に行ったときは話してくれないかななんて淡い期待を抱いているんだけれども。
そんな小さな期待も吹き飛ばすような事件が起きた。事件というには大げさなんだけど、僕にとっては事件なんだ。
なんとリンがウィンドミル一周することができた!
「どんなもんよ! うちって天才!?」
できなかった技が出来たせいかアドレナリン大放出中のリンが言う。
「す、すごいじゃん。僕も負けてられないな」
「そうだな、まさかこいつに抜かれるとはな」
うぅ、加持がなんだか棘のある言い方をしてくる。僕だってそれなりに頑張ってるのに。
負けじと僕も挑戦してみるが、案の定失敗する。そりゃそうだ。やろうと思ってできる世の中なら世界中幸せに満ちていることだろう。
「加持、もう一度ウィンドミルの返しを教えてくれないか」
「あぁ、いいぜ」
つい先日教えて貰ったばかりだから改めて聞いても進歩はない。だけれども何もしないよりはマシ・・・だと思いたい。
「……まぁざっとこんな感じだけど、お前は足の振りもだけど体の返しが特に遅い。崩したらすぐ返してみろよ」
「返しを早くか。わかった頑張ってみる」
人型チェアーをして足を振った。そして左肘を内側に入れて、肩、背中の順に地面につけて仰向けになる。
いまだ!と体を捻ってみたが、べたん!と足を打ち付けてしまった。
い、痛い……。
結局その日は何の成果をあげる事もできなかった。
「いてて……なんでできないんだろう」
練習後に訪れたカフェで僕は足を擦りながら言った。
「まぁ合同練習が響いたな。なまじ色々な技教えてもらったからどれに手をつけていいかわからなくなってるだろ」
「う……」
確かにそうだった。色々手を出しすぎて全部の練習が中途半端になっていた。それこそ本当にそれなりの練習しかしてないんだ。
「なによ、うちが二人を連れてきたのが悪いわけ?」
「そんなこと言ってねぇだろ。こいつにとってもいい刺激にはなった。あの時びびって動かずに終わるかと思ったけど意外にも教えてもらいに行ってたからな。たまに謎の行動力発揮するよな」
「まぁ、ね。……ははは」
いやあれは真理のおかげなんだが……。小学生の女の子に助けられたなんて言えるはずもないので誤魔化しておく。
「ま、なんにせようちの才能には敵わなかったわけね!」
「いやお前も一発抜いただけだろ。一発だけならまぐれでできることあるからな。次やったら出来なくなってるかもしれないぜ」
「なによ! 初心者にそんなに言わなくてもいいじゃない! もっと褒めなさいよ!」
「褒める事要求すんなよ」
二人のやり取りを聞いてるとなんだか面白くて思わず笑ってしまった。
バチバチに言い合ってるけど多分加持は本当の事を言っただけなのだろう。僕も一回できても油断せずに頑張ろうと思う。
***
「できなくなった!」
翌日の練習でリンがウィンドミルに失敗して天を仰いでいた。
「ほら言わんこっちゃない」
「……うるさい! もぉ今日はウィンドしかしない!」
彼女は怒ると意固地になるようだ。
黙々と各自練習を続ける事数十分。加持にアドバイスをもらいたかったが、練習に夢中になっていて話しかけずらいので聞けず終いだった。
「やった! またできた!」
リンがしばらくしてから喜びの声を上げた。
「ほらどう? やっぱ才能あるでしょ! 認めなさい! 褒めなさい!」
そう言って加持ににじり寄ってた。当の加持はとてもめんどくさそうな顔をしていた。
「うるせーな! あっち行ってろ馬鹿!」
「何よ! 馬鹿って! 素直になりなさいよ!」
「うるせーって言ってんだろ!」
……なんだか口喧嘩がエスカレートしてる気がするな。そろそろ助け船出さないと。
「す、すごいじゃんリン。僕にコツ教えてよ」
「いいわよ! 一日でできるようにしてあげる!」
教えを乞われてご機嫌になったのかリンはあれこれと指摘をしてきた。やれ足の振りが遅いだのやれ頭が上がってるだのやれ目線を意識しろだの。色々言われすぎて頭が混乱してきた。
「ま、でもこれはあの二人に教えてもらったことなんだけどねん」
あの二人……というと、タカさんとミズキさんか。そうかリンはたまに二人と練習してるんだっけ。
「返しを早くすんのも忘れんなよ」
少し離れたところから加持も付け加えてきた。「うん」と返事をして手を振っておく。
「今はあんたじゃなくてあたしが教えてるんだからね!」
……なぜリンはこんな喧嘩腰なんだ。加持は特に反応するでもなく無視して練習している。言い合いに発展しなくて安心した。
やれやれ、こんないがみ合って練習しても楽しくないだろうに。これからどうなることやら。
横からの声を聞きつつ僕は少し暗くなり始めた空を見上げた。
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