エイト
気づけば真理が傍でしゃがみこんでいた。
「始めないというか、畏縮しちゃって動けないんだ」
言っていて自分が惨めになってきた。参ったな。こんな姿を見せるために真理を呼んだんじゃないのに。
「ねぇ、いしゅくってなに?」
当の真理はきょとんとした顔で尋ねてきた。
「うぅん、ちょっと説明が難しいけど怖くて何もできなくなっちゃうことだよ。下手くそな動きを見せたら笑われるかもって考えちゃうんだ」
「へぇ、じゃああの人達は怖い人なんだね」
「いや、そういうことじゃないんだけど……」
なんだかあんまり理解してくれなかったな。怖いのは気持ちのほうなんだけど。そしてあの人達は怖くない。それどころか優しいまである。
……いや待てよ。よく考えたら優しい人達が僕の動きをみて笑うだろうか? 多分笑わないだろう。
だけど、だけどさ……怖いものは怖いんだよ。
「わかった! 仲良くないから怖いんだよ。一緒に練習しにいったらいいじゃん! 教えてくださーいって。そしたら怖くなくなるかも!」
「いやそんな迷惑な事できるわけないだろ!」
「教えてもらうの迷惑なの? じゃぁあの人も迷惑に感じてたのかな?」
そう言って指差したほうを追っていくと、加持がいた。
***
僕の心臓はどくんどくんとうるさい。心臓うるさい音選手権に出たらベストエイトには残れそうなくらいだ。緊張の原因である二人の前に立ち、少し呼吸を整えた。
「お、真島くんじゃないか。どうしたんだい?」
僕が近づいてきたことに気づいたタカさんが問いかけてきた。
いや、ええと……と間を誤魔化すしかできない。
ミズキさんも何事かと練習を辞めてきょとんとこちらを見ている。
くそ、あいつが発破をかけるからだぞ。
「あたしには迷惑そうにしてるとは見えなかったよ。だから大丈夫。行動しないと始まらないよ!一歩踏み出せ!」
そう言って僕の背中を押した真理を思い出した。
ええいくそ、一歩踏み出してやろうじゃないか。
「ええと、僕初心者なんですけど、その、お二人とも上手で、あの、色々教えてもらいたいなって。め、迷惑じゃなければでいいんですけど」
なんだその拙い日本語は。僕はまだ日本に来て間もない留学生か。
「あぁいいよ。そんなに上手じゃないけど倒立系の技なら教えてあげるよ」
「俺はフットワーク伝授してあげるー」
特に変な喋り方に触れることなく二人から返事がもらえた。というか優しすぎる。タカさんとミズキさんなんておこがましいな。神さんと神さんだ。
「ありがとうございます! じゃぁ神さん。何か教えてください!」
「か、かみさん?」
顔から火が出るほど恥ずかしかった。きっと僕の顔はゆでだこみたいになっていただろう。
タカさんはフリーズを教えてくれた。
ダンスの動きの流れを起承転結で表すならフリーズは結にあたるもので、動きの締めを担うそうだ。チェアーもフリーズの一つらしい。
僕が教わったフリーズはジョーダンというものだった。ジョーダンは片手の倒立で少し止まる技で足は基本的に自由らしい。
まぁ教わったといってもいきなりできるわけもないので壁倒立の状態でできる練習方法をレクチャーしてもらったのだが。
一方ミズキさんはスレッドというフットワークを教えてくれた。
「輪っかを作ってそこに足を通せばいいんだよー」と説明されたが全くさっぱり全然わからなかった。
マイペースなミズキさんに何度も説明をお願いしてやっとわかったのだが、例えば左足のつま先を右手でもつと輪っかができる。そこに右足を通すというやり方らしかった。
ふぅ。と一息つく。教えてもらった技を反復練習してみたがさっぱりコツがわからない。
諦めてウィンドミルをすることにしよう。そういえば加持に返しを教えてもらう予定だった。
加持は今からパワームーブの練習をするところみたいで既にムーブに入っている。
加持のパワームーブが始まると「おぉ!」と歓声があがった。タカさんとミズキさんだ。するとタカさんが駆け寄ってきた。
「加持って名前でもしかしてと思ってたけど、加持くんってあのB-BOYエイトの弟さん?」
び、びーぼーいえいと? エイトって人の名前なのかな? 全くわからなかった。
「すみません、家族のことについては話した事が無くて」
「うぅん、そうか。じゃぁ本人に聞いてみるよ」
二人は加持の方へと向かっていった。何だか僕も気になるので後を追うことにしよう。
「ちょっと聞きたいんだけど、もしかしてエイトさんの弟?」
「あぁ、はい。そうですよ」
「やっぱり!」
おぉ! とタカさんとミズキさんが目を合わせた。
……なんだろう、加持が俯いている?
やっぱりすごいなエイトさんの弟は彼もアメリカに行くのだろうか分からないぞきっとそうに違いないよいやでも……
二人が夢中で話していたがあまり耳に入ってこなかった。加持が無言でその場を離れていく。その背中を見るとひどく寂しい気持ちになった。世界にたった一人取り残されたようなそんな感覚だった。
話しかけることもできず、ただ時間は流れこの日の練習は終わることとなった。
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