二人の刺激

 数日間駅での練習の際に目を配らせてみたが真理の姿を見る事はなかった。

 いつも暇してると思っていたんだが……。もしかして前に会った時のこと気にしてるのかな。

 くそ、なんで僕はあの日あんな態度をとってしまったんだ。人生ってのは後悔とつまずきの連続だな。過去から学ばないといつまでも変われない。いざという時進めるようにしとかないと。まぁ反省しても一日経ったらそんな気持ちは吹き飛んでしまうんだけれど、それでも何も思わないよりは幾分かはマシだろう。


 家で動画配信サイトでダンスの動画を見ていると一通のメッセージが届いた。画面を切り替えて内容を確認すると合同練習の日時のお知らせの文字。三日後に決定したようだ。少しのわくわくと一杯の不安で僕の心は満たされ始めた。


 練習日当日。何だかそわそわして集合時間より三十分早めに着いてしまった。いつもの道でかかる時間は分かってる筈なのに間に合うかなと変に不安になって早めに出てしまった。


 まぁいいや時間を潰そう。そういえば駅前のパン屋は結局行けず終いだったっけ。今度こそ食べてやろう。おっ今日の広告はパニーニか。イギリスかなんかの調理方法だよな、パニーニ。食べようかなパニーニ。

 パン屋までもう少しのところで、少し茶髪がかった髪の見慣れた女の子が横切るのが見えた。


「真理!」


 僕の声に振り返った少女は大きくクリっとした目で僕を見つめ、くしゃっと笑顔になった。


「真島じゃん。どったの? 今日も練習?」

「あぁ、そうだよ。久しぶりに会ったね。何してるんだ?」


 見たところ彼女は手ぶらで歩いていたので、恐らく暇なんだろうけど一応聞いてみる。


「いま秘密基地探してるの」

「ひ、秘密基地?」

「うん! 悪の組織が連れ去りに来る前に見つけるんだ!」


 なるほど。暇ってことらしいな。


「よくわかんないけど、ちょうどいいや。今から色んな人と練習するんだ。お前も来なよ」

「えぇ。そんな場所にあたしが行ってもいいの?」

「いいよ。なんなら練習してもいいんだよ」

「それはいいかな。真島のこと見とくね」


 なぜ僕限定なのだろうか。まぁいいや。これで真理も誘えたしみんなを待つだけだな。


 時計をチラチラと確認していた僕は焦っていた。

 集合時間になったけど誰も来ないぞ。おかしいな、時間間違えてたっけ。

 携帯電話で確認しようとポケットに手を入れた時加持が歩いてくるのが見えた。


「おっすおっす! みんな揃ってるねぇ」


 そんな声と共にリンが少し後に登場。後ろには男性が二人いる。二人とも帽子をかぶっており、一人は肩幅が少し大きくて腕の筋肉が服越しでも膨らんで見える。もう一人は少し背が小さめで目が細くにこにこと笑っているようだった。


「お疲れ様です。よろしくお願いします」


 加持がそう言って手を出して近づいていった。一人ずつ握手をして、お疲れ様ですと言い合っている。

 大きめの人が僕に近づき手を差し出してお疲れ様ですと言ってきた。ダンサーは握手しながら挨拶する決まりでもあるのだろうか。差し出された手を握ってお疲れ様ですと返す。

 すごいごつごつした手だった。かなり練習しているんだろう。顔を見ると顎鬚を生やしていて更に一重だったものだから怖いイメージを抱いた。正直ヤクザかと思った。


「リンから聞いてます。君が真島くんかな。俺は高尾大地です。タカって呼んでください」


 怖いイメージからかけ離れた物腰柔らかい人だった。数秒前の偏見にまみれた僕を金属バットで殴りたい衝動に駆られた。

 そして後ろからひょこっとにこにこした人が出てきて手を差し出してきた。


「お疲れさまですー。大野瑞樹っていいますー。ミズキって呼んでくださーい、よろしくお願いしまーす」


 なんともふわふわしている人だった。帽子から出た茶髪はパーマがかかっている。

 でかいタカさん、ふわふわミズキさんと覚えることにしよう。

 そして僕は隣にいた真理の肩を叩いて自己紹介しろと促す。


「眼目真理です」


 短いな。恥ずかしがりやだったっけこいつ。


「よーし自己紹介も済んだことだし、早速練習しましょう! ミュージックスタート!」


 そしてなぜリンが仕切ってるんだろう。音楽流してくれるのは加持だぞ。


 経験者ということもあって二人の動きはすごかった。タカさんは倒立系の技をメインでやっていて、片手でぴょんぴょん跳んだり肘倒立に組み替えたりして音に合わせていた。

 どうりで肩幅広くて手がごつごつしてるわけだ。きっと練習時間の大半は倒立しているのだろう。

 ミズキさんはふわふわのイメージ通りというかフットワーク捌きがとても軽やかだった。どうしてあんなに速く動けて足がもつれないんだろうか。


 二人のすごさに圧倒されている自分がいた。そういえば加持が言ってたな。刺激を受けるし当日になったらわかるよとか何とか。こういうことか、加持。僕は下手くそな自分の動きを見せるのが嫌で動けずにいた。これでは刺激というより羞恥心じゃないか。


 ふと目を向けるとリンは見慣れてるのか見向きもせず練習をしていた。加持は柔軟運動しながら二人を見ているがその表情からは気後れなど一切感じられない。きっといつも通りの練習ができるんだろう。

 僕だけが何もできずにいる。何をしたらいいんだろう。普段僕は何の練習してたっけ。わからない……。

 頭だけがぐるぐると回っていたが答えは出てこなかった。呆然と立ち尽くしている僕を真理が覗き込む。


「どうしたの? 真島は練習始めないの?」

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