次から次へ

 少しずつやる気が出てきたものの、そういう時に限って問題が発生したりするもんだ。

 問題が発生した時ってのは人によってその受け取り方が変わる。あぁやっぱり無理だと思う人、チャンスだ! と捉えてその時できることに挑戦する人もいる。

 ただ諦める人ってのは問題が発生する前からその決意が知らず知らずに決まっていたりするもんだ。心のどこかで諦めてる人ってのは問題が起きるとちょうどいいやと食いついて言い訳を始める。


 幸いにも僕ら三人は諦めない方の人間だったようで、次からの予定を決めている。

 ちなみに問題というのは市民体育館が改装工事の為数ヶ月使えなくなってしまったというものだった。別に駅で練習すりゃいいじゃん。という加持の一声で問題は瞬時に解決した。あぁ、全くたいした問題じゃない。こんなの障害でもなんでもないね。


 外での練習は時間制限もなくお金もかからない。かといって僕達は夜中まで音を出して練習したり騒いだりするような非常識を持ち合わせていない。

 うるさいと注意があればすぐに辞めるし、邪魔だと言われれば別のところに行く。そういうスタンスでいくと最初に加持から説明はあった。


 だが、すばらしい事にそういった注意は今まで一度も無い。それどころか、応援の声や「すごいね」と声をもらう事のほうが多い。加持なんて通りかかったおじさんにお金をもらってたりした。

 「若いのにそんなに練習するなんて根性あるな。気に入った。これでジュースでも飲みなさい」という具合に千円を貰っていた。

 ちなみに隣でチェアーに勤しんでた僕には一瞥をくれただけだった。


 そういうわけで僕達は快適に駅前広場での練習を行う事ができていた。もちろん口に出さないで我慢してくれている人がいるかもしれないということは想定はしている。ただ絶対いるとも言い切れないので言われない限りは練習は続いていくだろう。


 日にちが経つに連れて僕は焦りが出始めていた。今回は僕の成長の遅さや挫折ではない。それはリンの成長速度が著しく速いということでだ。一緒の時期に始めたのに差が出ると焦ってしまうのも無理無いことだった。


 僕はウィンドミルの崩しがやっと以前よりスムーズに出来たくらいなのに、彼女は次のステップに踏み出しているのだ。直接本人にどういう練習方法をしてるか聞きたかったのだが、一方的にライバル視してるので聞いたら負けた気分になってしまう。もう負けてるんだけど。


 ちなみに次のステップとは「返し」と言われる手順で、僕の場合仰向けの状態から右足を左回しに顔のほうへ振って左足も続いて振る。そうすると腰が浮くので、その瞬間に体を右に捻ってチェアーの形に持っていくというものだった。「崩し」と「返し」をしたら一周回る事になるので念願のウィンドミルまであと少しというわけである。


 とにかく今は「無理やり練習すれば自然と痛くない動きができるようになる」という加持の言葉を信じて、痛みに耐えながら健気に練習を続けている状態だった。

 ちなみに崩しの練習で僕の左肩と腰は擦り傷青あざだらけで、見た人からすればイジメにあってるんじゃないかと思われる体だった。地面にいじめられるとは加持の弁なのだが、どちらかというと自分から体当たりしにいってる気がする。


 数日後やっと肩を打つことなくスムーズに崩しをすることが出来た。心なしか足も振りやすい気がする。ただ、なぜ出来るようになったのかがわからなかった。

 

「お前も崩し出来るようになったな。そろそろ次のステップに入るか。その前にちょっと休憩行こうぜ」


 加持の言葉を受けて三人で小休憩を挟むことにした。飲み物を飲みながら壁にもたれかかり横一列に座る。

 リンが相談したいことがあるんだけど……。と小さく呟いた。


「今度うちの近所で練習してるダンサー連れてきてもいい?」


 彼女は元々仕事で遅くなったときは僕たちの練習には参加していない。ただそういった日には遅くまで開いてる近所のダンススタジオで練習させてもらってるとのことだった。どうやらそこでウィンドミルを教えてもらっているらしい。

 僕たちと練習したいと言っているのは二人いるそうでどちらも初心者ではないみたいだ。


「あぁ、いいんじゃないか? お前にとっても刺激になるだろうし」


 加持が僕を見ながら言った。


「刺激になるっていうのは他の人の動きが見れて勉強できるってこと?」


「それもあるけど。……うーん、ま、当日になれば分かるさ」


 いったいどういうことなんだろう。よくわからないけど聞いても答えは返ってこなさそうだった。


「じゃぁ決まりね! 都合のいいときに連れてくるから!」


 こうして他のダンサーを呼んでの合同練習をすることが決まった。

 知らない人が来るなら少しくらい見せれる動きになってた方がいいよなと思い、ウィンドミル以外の練習にも力を入れることにした。

 あぁ、そうだ。どうせなら真理も練習に参加させたいな。人数多いほうが楽しいだろうし。今度会った時に誘う事にしよう。

 鏡に映る自分は少し笑っている。どうやら合同練習が楽しみになってるみたいだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る