小さな変化

「ど、どうしたんだよいきなり」


 いきなりの怒声に戸惑いを隠せなかった。


「うるさぁぁあい! 一方的にため息吐いて放置して! それに自分は何も喋らないくせにどうしたなんて聞いてこないで!」


 真理の言葉が突き刺ささった。

 そうだ、今まで何度もみんなから心配されていた。

「最近何かあったか?」「どうしたの?」「でもため息ついてたし……。あたしといるの嫌だ?」

 加持や真理から尋ねられた時僕はどうしてた? ……ずっと誤魔化して何も話さなかった。


「ご、ごめん」


「真島に嫌われたのかと思った! 言われないとわからない! どうしたらいいかわからない!」


 真理は少し涙を浮かべながら叫んだ。確かにそうだよな。ましてや相手は子供だ。無理も無い。加持だってここまでは言わないものの何か思う事はあったのかもしれない。

 

 うつむいてる彼女の目線に合わせるようにしゃがみこみ話し始めた。今まで起きたこと、思ったこと。今の気持ち。

 一通り話し終えたあと真理の頭を撫でて再度謝罪の言葉を伝えた。


「ううん、あたしも怒っちゃってごめんなさい。これからは隠し事しないでね」

「あぁわかった。約束するよ」

「約束破ったらホッチキスで口閉じるからね。じゃぁもう帰る」


 ひひひ、と笑ってかけ足で去っていった。

 ……なんだか恐ろしいことを呟いていったぞあいつ。

 まぁいいや、とりあえず加持のとこに戻ってあいつにも相談しよう。


「長かったな。おっ、それくれんのか?」


 加持は戻ってきた僕の左手を見て言った。

 ……あぁ、そういや受け取って貰えなかったな、ジュース。


「うん、あげるよ。その代わり聞いて欲しいんだ」

「ん? どうした改まって」

「実はさ、いまウィンドミルの練習が上手くいかなくて気分が落ちてるんだ。他の技の練習ばかりしてしまうし。加持の期待に応えられそうになくて怖いんだ」

「あぁ、そんなこと考えてたんか。別に俺はお前に期待なんかしてないぞ」


 ……え?


「パワーの練習に挫折はつきものだ。気分転換はいる。他の技するのもお前の自由だし、ウィンドミルするのも自由だ。そこで俺がつべこべ言うべきじゃない。例えば俺が期待してるとして、お前が他の技をしたいのにウィンドミルの事ばかりごちゃごちゃ言ってもお前は楽しくないだろ。そんな強制する練習は嫌いだ」


 続けて加持は口を開いた。


「それにお前少しずつ伸びてるよ。人型チェアーの片手できなくて悩んでると思うけど、もうできるレベルだぞ。確信がないとチャレンジしないだろ。そうじゃなくて、できそうになくても片手でやってみろよ。やれば意外とできるから」


 確かに僕はまだできそうに無いと勝手に決め付けていた。失敗してでも片手だけでやってやろうなんて思わなかった。徐々に徐々にできるようにと燻っていたんだ。


「ちょっと怪我するかもくらいでやってみろよ。リスク無しにリターンは来ないぜ」


 加持の言葉を受け思い切って片手でやってみると、意外にも少しできた。今まで一瞬離してすぐに両手に戻していたのに。


「ほ、本当だ。やればできるもんだね。はは」


 成功したと同時に自然と笑みが零れてきた。

 あぁ、加持に教えて貰って良かった。僕の悩みをすべて分かってくれる気がする。


「なににやにやしてんだよ。じゃ次のステップにいくぞ」


 次のステップは「崩し」と言われる工程だった。人型チェアーから軸手と逆の手……僕の場合は右手で地面を少し押して反時計周りに回る。そしてすぐに右足を外側から大きく頭に向かって振り上げる。そうすると回りながら背中に地面をつけれるらしい。


「こ、これはあれだなぁ。柔軟もそうだけど足を振る練習もしなくちゃだなぁ」


 たった一回振っただけなのに足がつりそうになった。しかも加持と違って足が曲がってるし。

 呟きを聞いたのか加持が頷いてた。


「その通り。まぁ頑張れや」


 その後はずっと崩しの練習をしたものの下がコンクリートのせいもあってか肩と腰を打ちつけ擦りむいた。とんでもない痛みだった。

 加持に聞くところによると軽運動室の床でも大差ないらしい。しかもその怪我に塩を塗るようにまた打ちつけなければ上達しないとの事だ。なんて過酷な練習を始めてしまったんだろう。


「ま、とりあえず飯食いにいこうぜ。腹減ったわ」


 加持のこの言葉で練習を切り上げることになった。



「そういえば加持もパワームーブの練習でうまくいかない時ってあるの?」


 カフェの席に着いてから尋ねてみた。

 実際すごく気になっていた。彼も気分が沈んだりするのだろうか。


「あぁ、いつもうまくいってないぞ」


 ……聞き間違えたかな?いつも上手くいってるんじゃないのか?


「なんだって?」

「うまくいってないって。いくほうが珍しいくらいだな」

「いや、いつもあんなビュンビュンすごい技してるじゃないか」

「まぁ形にはなってるけどまだ課題だらけだから練習してんだよ。練習して練習して練習して繰り返してやっとちょっとできるようになってきたかな?ぐらいになる。パワームーブの練習なんてそんなもんさ」


 ううん、何だか嫌なことを聞いた気がする。これから僕もそういう風になるんだろうか。先の事過ぎて全く想像がつかない。

 ふと窓の外を見ると夜の暗闇に木々が揺れていた。きっと風が強いんだろう。ざざざと木の葉が舞っているはずだ。

 これからも今日みたいに気分の浮き沈みをしながら進んでいくんだろう。だけどそれでいい、そうじゃないと進めない。僕の中で何かが少しずつ変わり始めていた。その何かはまだわからないけれど、これからも加持と頑張っていこうと思う。

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