空っぽの心

 別に才能があったわけじゃない。才能があったら苦労せずに次々と成功していくだろう。たまたまやってみたらうまくできただけ。リレーでいうならスタートダッシュがうまくできただけだ。


「えぇ、すごいじゃない! 才能あるんじゃない?」


 数日後の練習でラビットができた時にリンが僕に言った言葉だ。

 何とか人型チェアーは両手でできるようになったが片手でキープはまだできない状態だった。

 モヤモヤする。ということはきっとラビットなんかよりウィンドミルがしたいのかもしれない。いや、そもそも本当に僕はできるようになりたいのか。加持の期待に応えたいだけじゃないのか。或いは……できない僕を見て失望されるのが怖いだけなのかもしれない。


 その日の練習はあまりうまくいかなかった。ただ何となく練習してるだけ。どうしていいかわからない。

 加持はいつも大技をばっちり決めているけど、彼もこんな苦労したことがあるのだろうか。いや、加持の事だ。あっさりできるようになったのかもしれない。勝手な想像で勝手に気分が沈んでいった。


「最近なんかあったのか?」


 練習後のカフェで加突然聞かれた。余程僕は気分の沈みが顔に出ていたのかもしれない。


「いや、まぁちょっと疲れが出たのかもね。筋肉痛も少しあるし」

「ふぅん、ならいいけど」


 つい誤魔化してしまった。何で僕は素直に言えないんだろう。自分が成長してないのが苦しいって。それに他の練習に逃げるのがつらいって。

 そういえば加持が言ってたな。「パワームーブは逃げる癖がつくと練習が辛くなる」という事を。僕はまさにその状況に足を踏み入れたわけだ。尚更相談するわけにはいかない。忠告された数日後に逃げちゃいました、なんて。


「疲れた顔してちゃ盛り下がるよね。ごめんごめん」


 そう言って無理やり笑って見せた。あぁ、顔が引きつる。笑う事ができてるのだろうか。

 なぜかその日は加持の顔を見る事ができなかった。


 ***


 今日は火曜日なので外の練習だ。この「外の練習」というのが曲者で、初心者にとっては地獄のような場所なのだ。なぜかというと大勢の人達の目につくからだ。

 加持のようなすごい技を連発できる人の隣で、よくわからない人型チェアーの練習をしている図なんて想像しただけで恥ずかしくなる。

 火曜日は少し憂鬱だ。リンがいてくれたなら多少は気持ちが緩和されるのだけれど。


 何だか気持ちが落ち着かないので集合時間より早めに駅前の広場へ向かった。まぁついたところで何もする事は無いのだけれど、何もしてないでモヤモヤしてるよりは歩き回りたい気分だったのだ。

 広場につくと、そこには逆立ちしている少女がいた。案の定真理だった。へそ見えてるけど恥ずかしくないのか?


「やぁ、へそだし少女」


 そういって近づくと、「真島!」と逆立ちを止めて僕のほうを向いた。


「お腹見るなんてセクハラよ! おまわりさんに捕まえてもらお!」


 いやそれで捕まるなら駅にいる何十人という人が逮捕されることになるのだが……。

 まぁ、いいや。練習までの時間こいつと話しとくか。


 僕はウィンドミルの練習を始めたことを話した。もちろんうまくいってないのは隠したけど。


「へぇ。真島はそんなにダンスに夢中になってるんだねぇ」


 と真理が言ったが、ちょっと待って欲しい。もともとダンスがしたいと言ったのはこいつじゃなかったか? いつの間にか僕のほうが練習をしている。まぁいいけど。


「お前もやってみるか? ウィンドミル。くるくる回れるぞ」

「うぅん、いいかな。あたしチェアーがしたかっただけだし」


 まぁでも、と真理が言った。


「真島が楽しそうだから練習見ときたいな」


 ちょっと心がズキンとした。これから楽しそうに練習ができるとは思えない。今日もうまくいかないんだろうな。


「どうしたの?」


 気づいたらため息が出てしまったみたいで真理が尋ねてきた。


「いや、なんでもないよ」

「でもため息ついてたし……。あたしといるの嫌だ?」

「いや、違う。そうじゃないけど本当に気にしなくていいよ」

「そう……」


 それ以上は真理は何も聞いてこなかった。


 少し気まずい沈黙が流れて数秒後、加持が到着した。僕は気まずさを誤魔化す様に加持に駆け寄った。

 まぁこの沈黙だ。真理もさすがに見学せずに帰るだろうし。


「よぉ、じゃあ始めますか。」


 加持がそう言ってスピーカーから音を流し、柔軟を始めた。

 ウィンドミルでは開脚が重要だから家でも柔軟しとけよ。というアドバイスを受けが、どうにも先ほどの気まずさが気になる。真理は少し離れたベンチで僕を見ていた。

 ただ、いつものにこやかな表情ではなく少し暗い顔をしている。


「おい、聞いてるか?」


 はっと我に返り僕は慌てて返答する。


「あぁ、まだ硬いから頑張って柔らかくするよ。」


 その後の練習も真理の視線が気になって集中できなかった。遂に堪えきれなくなったので話しかけてみようと思う。

 飲み物を買ってくると加持に告げ、真理のほうへと向かう。自動販売機で水を買い、ついでにジュースも買った。


「ほら、これ飲めよ。暗い顔してどうした?」


 手渡そうとしたが真理は黙ったまま受け取らなかった。


「どうした? 僕のせいか?」


 そう聞いた瞬間真理が立ち上がって口を開いた。


「真島のばかあああああああ!!!!」


 とても大きく透き通った声が僕の頭の中で響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る