最初の壁

決意表明

 台の端と端を加持と一緒に持ち上げて倉庫へと向かっている。

 ここは軽運動室だ。市民体育館に付属している施設で半面は畳、半面はフローリングになっている。なんで台を運んでいるのかというと、前に使った人達が片付けていないからである。全く迷惑な話だ。

 

 そして僕たちは今からここで練習をするのだ。二時間で百円、コンセント使用量五十円という安さで利用できる。てっきり僕は体育館で練習するのかと思っていたが、それはただの勘違いで加持はいつも軽運動室でしているようだった。軽運動室は鏡が置いてあるし、そしてなにより他の人に見られないかららしい。

 体育館はバレー、バスケ、バドミントンと様々な目的でコートを分け合って使用している。そこに混じってダンスなどしようものなら必ず好奇の視線が僕たちを貫く。そう説明されて納得した。無論初心者の僕はそんなの勘弁だ。


 加持は手馴れた手つきでスピーカーを取り出しコンセントとつなげて音を鳴らした。外で練習している時より大きく、外では聞き取れなかった歌詞も耳に入ってきた。


「こういう音楽ってどうやって見つけてるの?」


 何となしに聞いてみたが、加持は少し考えたあと頭を掻きながら口を開いた。


「もらった」


 情報が少なすぎるような気がするんだが……。


「ええと、誰に?」


 兄。と小さく答えた後、そっぽを向いて柔軟運動を始めてしまった。

 へぇ、兄弟がいたのか。でもこの反応からするにあまり触れられて欲しくないんだろうな。そのうちタイミングがあったら聞いてみるか。

 

 そういえばさ、と加持が話しかけてきた。


「この前アップダウンとか話したけどお前初心者だから分からなかったよな。俺の教え方が下手だった。すまん」


 前にトップロックという立ち踊りを教えてくれたときに使っていた言葉のことだった。僕は得意げにわざと咳払いをした。


「大丈夫。帰って調べたよ」


 あの日帰ってからわからない事を片っ端から調べたのである。ショーケースやクルーだったりクルーバトル、エイトカウントやアップダウンについてパソコンの画面と睨めっこした。ちなみにアップダウンはリズムに合わせて体を上下する動きのことだ。

 調べて「なるほどな」と思ったけど本当になるほどなのレベルだったのだけど。アップダウンなんてやってみても全く出来ているかわからなかった。


「へぇ、お前って勤勉なのな」


 加持は少し関心して僕を見ていた。何だかそれだけで誇らしい気持ちになる。

 そのあと加持に前回の復習がてらトップロックを教えてもらった。瞬時に先程抱いた誇らしい気持ちは泡となって消えてしまった。自分が下手過ぎて鏡を見るたびにへこむのだ。まぁ最初はそんなもんと励ます加持の声も僕には届いてなかった。



 ***


「山に行くわよ!」


 練習終わりに送れてやってきたリンの言葉が響く。

 なに言ってんだこいつ……。と言わんばかりの表情を加持はしていた。概ね僕も同意だ。


「なに言ってんだこいつ……」


 いや本当に口に出すのかよ。


「いいから! すぐ! 行くの!」


 半ば無理やり引っ張られて移動を開始する。少し歩くと彼女の所有している車前でリンは止まった。またも無理やり乗せられ、市民体育館から少し離れた山へと連れてこられた。


 ここ宝満ほうまん市は隣町から山が連なっており、その山の中原には史跡や休憩スペースがある。そこからは筑紫野市内が一望できるため地元民では夜景を見に来る人がちらほらいるらしい。


「そんで、俺たちはここで何すんだ?」


 山に到着するなり加持が問う。僕も気になっていたところだ。


「ここで今年の決意表明をするの。夢とか目標を宣言して頑張ろうってこと!」


 なんだかスポ根漫画の監督みたいなことするやつだな。まぁそれも彼女らしいといえば彼女らしいが。


 うーん、それにしても目標か。どうしよう。

 まだ初心者の僕には何を目指せばいいか分からなかった。まるで霧の中を模索する様だった。


「ほら、まーしー。なんか無いの?こいつには負けたくないとか、何かできるようになりたいとか!」


 そう急かされても僕には何も思いつかない。こいつには負けたくないって言われても僕はこの二人しか知らないんだぞ。交互に顔を見て僕ははっと気付いた。


「加持に少しでも追いつきたい」


 そうだよ、加持を目標にすればいいんだ。最初に加持の動きを見て僕は思ったじゃないか。

 こんな動きが僕にもできるのかな、って。


「それが目標ね! そんで、あんたは?」


 リンは加持の方を向いたが、彼は手をひらひらさせた。


「パス。俺こういうの好きじゃねぇから」


 なんとも加持らしい言動だった。嫌いなものを嫌いってはっきり言える性格は羨ましく思う。


「もう。ノリ悪いわね! ……じゃ、うちの目標ね」


 一瞬溜めた後彼女はその思いを夜空へと放った。


「早く彼氏作ってやる!」


 ……。


「ダンスの目標じゃないのかよ!」


 ***


 こうしてリンによる半ば強制の決意表明は幕を閉じた。

 帰り際に加持が「スタンダード」というブログを教えてくれた。有名なダンサーが技の解説や練習の仕方を動画付で教えているらしい。

 きっと加持なりの早く追いついて来いというメッセージなのだろう。

 ……そういえば加持の夢や目標は結局なんだったんだろう。いつか聞ける機会があればいいけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る