理解すること
靴を買いたい。普段履きの靴で練習していたのだが、気づくと汚れが目立っていた。
今日の練習は夜六時なのでまだ時間はある。携帯電話の地図で確認してみると市民体育館から少し離れた所にショッピングモールがあった。
財布と鍵を手にとって玄関のドアを開ける。暖かい風と眩しい日差しが飛び込んできた。
筑紫野駅に着くとナビを開いて道の確認をした。しばらく真っ直ぐ行って三番目の角を右か。
「あいたっ」
画面を見ながら歩いていた僕は人にぶつかってしまった。
「あ、すみません。余所見していて」
「気をつけたまえよ。最近の若い子はこれだからいかん」
……何だか口調のわりにはすごく幼い女の子の声だな、なんだか聞いた事ある声だし。
目を向けると瞳を輝かせて無邪気に笑っている女の子がいた。というか真理だった。
「いや、お前かよ。なにしてんだ? こんなところで」
なんか行く先々にこいつと出くわす気がするな。まぁ親の帰りが遅いと言っていたし家に帰っても寂しいんだろう。
「真島見つけたから、からかってやろうと思って」
要するにただの暇人らしい。ちょうどいいやと思って真理も買い物に付き合わせることにした。
ショッピングモールにつくや否や、真理は駄菓子屋を夢中で見つめていた。しかもこちらをちらちら見ている。
まぁこいつにはお世話になってる気がするし買い与えてやろうかな。つくづく僕は甘い男だなと思う。
「好きなの選んで来い」と言うと一瞬で駄菓子屋へ消えていった。後を追って入ると、これでもないあーでもないと頭を悩ませてる姿が見えた。
「なに悩んでんだよ。好きなの手に取ればいいだろ」
「うんにゃ、お菓子は三百円までって聞いたものだから」
こいつは遠足にでも来てる感覚なのか。毎日遠足とは楽しいやつだな。
結局真理は複数のおやつを買って満足げに頬張り始めた。そしてまだ駄菓子屋をちらちら見ている。
「あんま食べ過ぎると体によくないからな、程ほどにしとけよ」
注意しとかないとわがままに育ってしまうかもしれない。あんま買い与えすぎるのもよくないよな。
僕の注意を受けた後、真理は首をかしげた。
「なんで体によくないの? どうして体によくないものをこんなにたくさん売っているの?」
子供ながらの純粋な疑問なんだろう。
僕は返答に困ってしまった。ずっとお菓子は体に良くないと教えられて育ってきたものだから、何が悪くてなぜそれでも売ってるのか考えたこともなかった。
何で悪いのかと言われたら、そう教えられたから。などでは本当の意味で注意できるのだろうか。
「塩分とか糖分とかを取りすぎちゃうからかな? 売ってるのは単純においしいし売れるからだと思う」
真理はふーんと言った。理解できたのかな。それともよくわからなかったのかな。
「健康になるお菓子を作ればみんな幸せになるのにね」
真理はそういうとお菓子を食べるのを止めた。何となく食べ過ぎたら駄目というのを理解したのだろう。
でも彼女が言うことに一理ある。本当になんで健康なものを作らないんだろう。お菓子に限らずカップラーメンやコンビニ弁当だって体に悪いと聞くけど、それらが健康を促進するものだったらどんなに良いだろうか。
まぁそんな気持ちは靴屋についたら瞬時に吹き飛んでしまった。何を買ったらいいか本当にわかならかった。適当に買おうって思ってもやっぱりデザインは気になるし値段も気になる。
結局適当に買える人間なんてそういないんだろう。無難に黒か白の靴を買おうかと悩んでいたところ、真理は赤い靴を持ってきて僕に差し出した。
「真島、これ! これかっこいいよ! 赤で! きれいな色!」
なんとも単純なやつだな。僕もこいつみたいに素直に意見を言えたらいいのにと思う。どうしても周りから見られた時のことを考えてしまう。派手と思われないかとか、ださいと思われないかとか。
「そんなの買ったら派手すぎるだろ。周りの目も気になるんだよ」
「えーかっこいいと思うけどなぁ。それにあたし周りのこととかよくわかんない。真島は見る人全てを気にしてるの?」
いや、気にしてるのって言われたら別に気にしてないけど……。なんだかこいつに疑問を投げかけられたら一気に自分の考えがわからなくなるな。
確かに言うほど自分は周りを気にしてるだろうか。知らない人がこの赤い靴を持っててもたいして何も思わないだろう。というか気づかない。加持とかが持ってても、こいつはこういうの選ぶんだって思うだけだと思う。同じで周りはいちいち僕なんか見ていないのかもしれない。
「あ、その靴いいですよね。生地もしっかりしてるし何よりも軽いんですよね。運動にも適してますし……」
考え事しながら靴を見ていたら店員さんのセールストークに捕まってしまった。どうやら購入を検討してるかと思われたらしい。
まぁしかし自分という人間は単純なもので、店員さんの話を聞いて商品の良さを知るだけで購入しようかなって気になってしまう。多分理由が欲しかっただけなのかもしれない。
そのまま僕は靴を購入してしまった。なんだか複雑な気分だけどまぁいい。これからよろしく頼むよ、靴。
時間ももうすぐ六時になるのでショッピングモールを出ることにした。
「じゃあね、真島。お菓子ありがとう!」
そう言って真理は途中で帰ってしまった。結局お菓子は全部食べてしまっていた。おいしいという悪魔には勝てないんだろう。僕だってそうだ。体に悪いと知りながらも、こんなおいしいもの食べれるなんて幸せと思いながらこれからも食べていく。
きっと深く考えないほうが生きるうえでは楽なんだろうな。僕は楽な道を歩みたいと思ってるし。
そんなことを考えていたら目的地に到着した。加持が靴を見て笑わないかなと不安を抱きつつ僕は足を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます