はじめの第一歩

「うちらでチーム作ろうよ!」


 僕と加持はお互い目を合わせたあとリンを見た。

 ち、チーム? チーズ作ろうよには聞こえなかったけど、聞き間違いか?


「いや、お前チームって言っても俺以外初心者じゃねぇか」


 やはり聞き間違いでは無いみたいだ。もちろん足を引っ張る気しかしないので僕も少し反対だった。


「僕もちょっと早すぎると思うよ。もう少しうまくなってからでいいんじゃないかな?」

「どうせ後で作るなら今作ったって一緒じゃない」

「それはそうなんだけど……」

「はい決まり! それじゃ練習日時決めましょ! 二人はいつ練習してるの?」

「僕はまだ二回目の練習だから加持がいつ練習してるか分からないよ」

「へぇあなた二回の練習でチェアーできるようになったのね! まぁそれはともかくいつ練習してるか教えてくれる?」


 僕とリンは加持に視線を向けた。


「火曜日以外は市民体育館。火曜日は駅」

「え、毎日? なにあんたニートなの?」


リンは口元に手を当てて、少しにやついた。


「うるせぇ朝九時から昼三時までのバイトしてんだよ」


加持はそっぽを向いて答えた。ちょうど視線があったので今度は僕が質問する。


「なんで火曜日だけ駅なの?」

「市民体育館が休みだから」


 あぁ、だから前に駅に加持がいないか探しに行った時いなかったのか。まぁそれで真理に会って焦るきっかけになったからいいけど。


「うちの休みは週2日。日曜は固定なんだけど、あと一日は平日のどれかになるわ」

「僕はいつでも大丈夫だよ。今は働いてないからね」

「なにー? あんたもニートなわけ?」

「俺は違うっつってんだろ」


 ニートと言われると何か心にくるものはあったけど、事実なのでとりあえず何も言わないでおく。


「じゃあとりあえずリンに合わせて週二日の練習でいいかな?」


「いや、俺は毎日練習する。市民体育館は22時まで開いてるから仕事終わりに来たかったら来たらいいさ」


 リンが来たいときは仕事終わりに合わせて練習するってことかな。仕事終わりなんてよっぽど体力残ってないと思うけども。

 

***


駅へと歩いていると先頭を歩いてたリンが振り返った。


「さっきさ、今は働いてないって言ってたけど、前までは何してたの?」


 その質問は一番聞かれたくないことだった。嫌でも前の職場で起こった事を思い出してしまうから。


「いや、はは。何でもいいじゃん」

「えーいいじゃん、教えてよ。職種はなに?」

「うーんとサービス業かな。も、もういいだろ。この話はお終い」


 本当に止めて欲しかった。もう思い出したくない事なんだ。


「なにそんなに隠そうとしてるのよ。そんな隠されると余計気になるじゃん。ねぇなんでそこ辞め」

「もういいから! 構わないでくれ!!」


 言葉を発し、はっと我に戻るとリンは口を半分開き固まっているのが見えた。


「……あ、ご、ごめん。うち無神経だったよね。じゃ、じゃあここで帰るね」


 そう言うとリンは早足でかけていった。僕は何も言えず、小さくなっていく影を見ることしかできなかった。


「ま、とりあえず帰るぞ。そんな気にすんな。あいつ神経図太いから明日には忘れてるぜ」


 加持のフォローにも乾いた返事しかできなかった。


 

 駐輪場に着くと原付の前で立ち止まった。あぁ、なんか乗る気分じゃないや。頭がぼーっとする。先ほどの小さくなっていく影が頭から離れなかった。

 ハンドルを握り歩き始めた。重くてなかなか進まなかったが、なぜだか沈んだ心に安心感を与えてくれていた。いや、もしかしたら重いのは原付じゃないのかもしれない。思わず深くため息が出てしまった。


「おやおやー。どうしたんだい暗い顔をして」


 顔をあげるとそこには真理がいた。こいつはこんな夜に何をしているんだ。っていうか行動範囲どうなってんだよ。


「いま誰とも話したくない気分なんだ。放っといてくれ」


 とても気分がざらついていた。女の子にも八つ当たりしてしまうかもしれないほどに。


「放っとけないため息のでかさだったなー」

「うるさいな。どっか行ってくれよ」


 僕がそう言った瞬間、真理は僕に向かって走り出した。というか助走つけて跳んだ。


「……は?お前なにして……ごふっ!」


 ピンっと伸びた真理の足が僕の横腹にめり込んだ。と同時に手がハンドルから離れ、激しい音と一緒に僕は倒れた。


「へん。うるさいとか言った罰だからねー」


 真理は舌を出して逃げるように走り出した。


「待てこらてめぇぇぇ!」


 絶対懲らしめてやる。怒りに任せ僕は走り出す。


 いったいどのぐらい走っただろうか。気づくと僕はまた原付を倒した場所へと戻っていた。

 肩で息をしてる僕のすぐ傍で真理は平然とした顔で立っている。


「お……お前……どんだけ……体力あんだよ……」


 なんで僕はこいつを追いかけてたんだっけ。あぁそうか、蹴られたんだ。

 しんどくなった僕はその場に座り込んだ。


「ひひひ、真島は情けないね。落ち込んでる姿も情けなかったけど」


 僕が元気なら第二ラウンドが始まっているところだぞ。


「まぁでも」


 そういって真理はしゃがみこんだ。


「蹴ったりしてごめんなさい」


 頭を下げる真理を見ると罪悪感が芽生えてきた。被害者はこちらだというのに。


「な、なに急に謝ってんだよ」

「先生が言ってた。自分が悪いと思うなら謝りなさいって。誰でもできる、歩み寄る第一歩だって」


 真理の言葉に僕はリンの背中を思い出していた。

 歩み寄る第一歩……。そうだよな、今度リンに謝ろう。

 しおらしい真理を見ているとなんだか怒っていた自分が急に馬鹿らしく感じてきた。


「僕も悪かったよ。当り散らしてごめんな。そろそろ帰るか」


 真理が帰ったあと倒れてる原付を持ち上げた。さっきより重く感じなかった。むしろ軽くてどこまでもいけそうだった。

 

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