もう一人のお前

 十七時より少し前に筑紫野駅に着いた僕はさっそく広場へ向かった。加持は先に着いており、柔軟運動をして足をほぐしていた。

 僕がやってきた事に気づくと加持は手を上げた。


「よう、どうだ? 調子は」

「んーと、まぁチェアーは何とかできるようになったよ」


 加持の隣に荷物を置きながら答えると、加持は「えっ」と小さく呟いた。


「まじか。練習したんか」


 なんなんだ?この反応は。まるで僕が何もしてきてないみたいな言い草じゃないか。まぁ、危うくそうなりかけたけど。

 僕も加持の真似をするように柔軟運動で開脚をしてみる。全く開かない。


「練習したんか。って……そりゃしたけどどういう意味?」

「いや、チェアーってなかなか出来ないからさ、『あー無理ー』って諦めるやつがほとんどだから。真島は根性なさそうだから挫折してるかと思ってた。そんで今日とりあえず教わりに来たんだろうなって」


 なんだか心を袈裟切りで裂かれたような気持ちだった。そう、僕は根性なしなんだよな。もちろんそんなことは言えないけど。


「なんかできないのが悔しくて練習しちゃった」


 下を向きながら苦し紛れに答えた。本当は真理に抜かされた事が悔しかったんだ。


「その気持ちが一番大事だからな。ダンスってひとつの技に相当の時間かけるから根性ないと続かないぜ。よし柔軟終わり」


 加持は柔軟を終わらせ小さく音楽を鳴らし始めた。きっと周りに迷惑がかからないようにしているんだろう。道端で踊るな!迷惑だ!と言われたらそれまでな気がするけど。



「とりあえずさ、チェアーできてるか見てくれない?」

 

 昨日の練習をイメージしながら地面に手をつき体を持ち上げた。


「おー。ホントに出来てるな。ただもう少し体を横に捻るとやりやすいぞ」


 アドバイス通り体を少し捻るとびっくりするほど腕の負担が減った。腕にうまく体重が乗ってそんなに力を入れなくても支えることができる。


「うわ、すごい。ちょっとした体の向きだけでこんなに変わるんだね」


 嬉しくなって何度もチェアーをしてしまう。

 うわ、体が浮くのが楽しい。


「よし、そんで一歩はできるのか?」

「えーと、こんな感じだよね」


 しゃがんだ状態で右足を半時計回しに振って左足で飛び越えてみる。


「おう、それでいい。じゃあ次は一歩からそのままチェアーにいく練習だな」


 練習?どちらもできるんだから練習なんかしなくてもいい気がするけど。

 油断したまま一歩で体を浮かして左腕めがけて体を落とすと、肘がお腹を突き刺し「ぐえっ」と変な声が出た。

 その場で倒れこみ数秒前の甘い考えを改めることにした。

 

「おーおしいねー」


 目を開けると僕を見下ろす様に女性が覗き込んでいた。少し長い黒髪を手で耳にかけている。


「うわ、っとと」


 慌てて立ち上がり彼女と向き合った。ぷくっとした泣き袋に滑らかな鼻のライン。唇は触れると揺れそうだった。


「よ!今日も元気にやってんねー!」


 彼女は加持に目線を向けると笑って手を振った。加持がかなりしんどい顔をしている。・・・もしかして彼女か?


「百歩間違えてもこいつは彼女じゃないぞ。この前ダンスを教えてくれって言ってきたやつだ」


 心を読んだのか或いは顔に出てしまっていたのか、加持は僕を見て言った。

 そういえば僕がダンスを教えて欲しいと言った時、加持は「お前もか。」と言ってたっけ。つまり目の前のこの女性がもう一人のお前というわけだ。


「自己紹介しとくね、うちは林紘子はやしひろこ。よろしくね、初心者さん」

「お前も初心者だろうが」


 自己紹介したあと加持がつっこんだ。なかなかいいコンビじゃないかな。


「僕の名前は真島和也。よろしく林さん」

「真島和也君ね。なんかあだ名とか無いの?あ、ちなみにうちのことはリンって呼んでね!さん付けしなくていいから!」

「わかった。僕は……学生時代はまーしーって呼ばれてたよ」

「まーしーね、オッケー。ところで加持くんのあだ名知らない?何度聞いても教えてくんないのこの人」


 その瞬間加持が僕を睨んできた。


「さ、さぁよく知らないな」


 とりあえず誤魔化しておく。殺されたくないからな。


 ***


 加持が僕たち初心者に立ち踊りを教えてくれた。トップロックというらしい。

 直立した状態から、ワン、ツー、とリズムを取って「ツー」の時に右足を左前方に出して、スリーで戻す。フォーで左足を右前方に出すステップだ。それをエイトまで繰り返す。

 ただ僕はリズムをとるのがすこぶる下手くそだった。何度か繰り返すと加持のリズムと少しズレてしまう。


「まぁ音楽聴いてアップダウンでリズムをとる練習しないとうまくいかないからな」


 加持が何を言ってるかさっぱりだった。アップダウン?リズムをとる?加持に聞こうと思ったものの、リンがちょっかいかけてて聞けずじまいだった。

 まぁいいや。家で調べてみよう。


「よーし、そんじゃみんなでご飯食べにいこう!」


 帰り支度をしてるとリンが拳を上げて高らかに叫んだ。確かに体を動かしたせいで無性にお腹が減っていた。加持も同じくお腹が空いているらしく、この前連れて行ってくれたカフェへと足を運ぶ流れになった。

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