第ニ章 悲しき依頼者


 優子と会って、一週間が過ぎた。あれから、駆は、全ての仕事を辞め、アパートに引きこもっていた。


勤務先では、突然の退職に、いろいろ文句を言われたが、とても、働ける状態では、なかった。


パソコンを開いたまま、光のない瞳で画面を見つめ続ける駆。毎日のように、優子から連絡がくる。


『いつ、殺してくれますか?お返事、待っています。』


返信は、しない。ただ、画面に映し出された文字だけを見つめている。


『落ち着け。冷静になるんだ。ずっと、復讐したいと思っていた相手が自分の方から来たんだ。良かったじゃないか。これで、母親の敵をとれる。』


何度も自分に言い聞かせる。


『感情で動いてはいけない。そう、今までだって、何も考えずに、やってきたんだ。』


母親の敵。そう、この思いだけで、駆は、今まで生きてきたのだ。


『敵をとった後、俺は、どうなるんだ?』


チクリと古傷が痛み、駆は、脇腹を押さえ、うずくまる。刺された母親を庇う時に出来た古傷。


『俺も、あの時、死ねば良かったんだ。……痛い。痛いよ、母さん。』


母親と優子の顔が重なる。初めて優子を見た時、一瞬、驚いたのは、優子があまりにも母親に似ていたからである。


背格好、顔、表情、全てが似ていた。愛しい母親と憎い相手。何故、あんなにも似ているのか。


残酷な運命とは、この事なのだ。


『……いや、違う。顔や姿が似ていても、あいつは、クズだ。そう、人殺しなんだ。』


人殺し………。


『フッ……。俺も同じか。』


苦痛に顔を歪めながら、駆は、フッと笑う。シャツの胸のポケットから、一枚のカードを取り出す。


【殺人許可証】


殺人を許された男。駆は、揺れる瞳で、カードを見つめる。その手が震えだす。


「こんな物!」


壁にカードを投げつけ、駆は、荒い息を吐く。


「殺人を許されたって言ったって

人殺しは、人殺しなんだっ!」


怒鳴るように駆は、叫ぶ。その時、部屋のドアが静かに叩かれ、駆は、ゆっくりと顔を上げると、ドアを見た。


「駆くん?いるの?奈未だけど。」


ドアの向こう、奈未の声が聞こえる。駆は、立ち上がり、畳の上のカードを拾うと本棚の引き出しに入れ、衣服を整え、ドアに向かった。鍵を開け、ドアを開けると、不安な面持ちで奈未が立っていた。


「駆くん、いたのね。お店に来ないから心配してたの。」


駆の姿に安心したように、息をつく奈未。駆は、軽く微笑んで見せた。


「すみません……。いろいろあって。散らかっていますけど、どうぞ。」

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