第ニ章 悲しき依頼者


ずっと、母親が殺された理由が知りたかった。母親は、優しい人だった。人の陰口も言わない、いつも、優しく微笑む母親だった。そんな優しい人が殺される理由が分からなかった。


あの日。中学の入学式の帰り。母親がお祝いしようと外食に出掛けている時だった。父親を病で幼い頃に亡くした駆は、母親と二人で小さなアパートに住んでいた。母親は、朝から晩まで働き、女手一つで駆を育ててきた。決して、裕福な家庭ではなかったが、駆は、幸せだった。そして、母を愛していた。


そんな中、中学に入学した、お祝いだからと、母親が久しぶりに外食しようと言ったのだ。細やかな、本当に細やかな幸せだった。


その細やかな幸せを奪った奴が、今、こうして、自分の目の前に現れた。


怒り、苦しみ、憎しみ、悲しみ、その言葉では言い表せない感情が駆の身体を一気に走った。


少年法で、軽い刑で出てきた、憎い相手。


名前は、知らされていたが、居場所を探すことは出来なかった。それを調べるには、駆は、まだ子供だった。


10年。その月日が、駆の中にある憎しみを少しずつ、消そうとしてたのだ。いつか、復讐を。そんな気持ちが消えかかっていたというのに。


「何故、何故、今になって現れたんだ!」


転げるように、アスファルトの上に倒れる駆。


殺した理由も、自分を殺して欲しい理由も、全てが勝手過ぎる。


「…許せない!………ぶっ殺してやるっ!!」


駆は、叫び、アスファルトに両拳を叩きつけた。


冷たい夜風が駆の身体に吹き付け、凍るような雨が降り始めた。

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