第ニ章 悲しき依頼者


 赤や黄色、青色の輝くネオン街。昼間の穏やかな顔とは裏腹に、街は、夜の闇の顔へと変えていく。


ここは、クラブ【ミッドナイト】。一般的には、軽く飲食やライブの行われるクラブだが、裏では、闇の取り引きも行われていた。


カウンターに座る一人の男。この男、駆であるが、今は初老の紳士姿である。グレーのスーツの胸元に白いハンカチを入れ、テーブルにあるグラスの中に、白い薔薇の花を一輪、クラブの華やかなライトに照らされている。グレーのハットを被った駆は、口元に白いヒゲをはやし、ちょっと、背の高い品のある、老人という感じか。駆ではあるが、ここでは、紳士と呼ぶことにする。


ウイスキーと氷の入ったグラスをカランと音を立て、紳士は一口、口に含むと、左腕につけた腕時計を見る。時計の針は、10時30分を過ぎていた。


「………チッ。」


小さく舌打ちした紳士は、グラスの中に残ったウイスキーをグッと飲み干し、立ち上がろうとした。


「Kさん?」


声を掛けられ、紳士は、そちらを振り向いた。そこには、このクラブには似つかわしい地味な服装の女が一人、立っていた。年の頃は、20代半ばだろうか。サラリとした艶のある長い黒髪に、白いTシャツと黒のスカート。地味な服装とは裏腹に、真っ赤なハイヒールが印象的だった。それよりも、その女の顔に、紳士は、一瞬、ドキッとなる。優しい表情だが、どこか影のあるような、吸い込まれる感覚におちいる黒い瞳。薄く塗った赤いルージュの唇の左端に、小さなホクロがある。今まで、何人もの女と出会ってきた紳士だったが、これ程に、美しい女は、いただろうか。そして、その顔、姿は、紳士の知っている女に似ていた。


驚いた表情で、じっと見つめる紳士に、女は、首を傾げた。


「あのう……どうかしましたか?」


女の声に、ハッと我に返り、紳士は、チラリと視線を外す。


「い、いや……何も。」


カウンターの椅子に腰を下ろした紳士の隣に、女は、静かに座った。


「依頼した者です。Kさん?失礼ですけど、思っていたより、……そのう……。」


言いにくそうなに呟く女に、紳士は、あっはっはと声を上げ笑った。


「思ったより、じいさんで驚いたかね?私は、Kの代理の者です。それよりも、約束の時間は、守ってもらわないと困るんだがね。」


チラッと見た紳士に、女は、俯く。


「申し訳ありません。実は、もっと早くに来てたのですけど……声を掛けづらくて。」


「まぁ、いい。何か、飲むかね?」


「お酒は飲めないんです。」


「そうか。あっ、君、こちらにオレンジジュース、私にはウイスキーのおかわりを。」


紳士がボーイに言うと、ボーイは軽く会釈をして、スッとカウンターの奥に消えた。

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