第6話 異世界からのシ者

誤算は2つあった。


一つはシークエンス中断中に発生した誤差の範囲が2.1%から12.4%に増加していたことだ。これまでの検証モデルに基づいて言えば、10%を超過した時点で間違いなく停止は必須だった。


もう一つは、教経の座標が大幅に移動していたことだ。

教経の移動範囲は、この星の微細な粒子すべての1秒後の動きを、過去の実績ベースでアルゴリズム化し、確定的な未来を予測するラプラス演算によって導き出されていた。


この演算結果が外れるというのは、例えるならば手にいくつかの鉄製品を持ちそれを両手に包んで振り回した結果、勝手にハマって時計が組み上がる確率とほぼ同等という論文を読んだことがある。


つまり、考慮するだけ無駄という粋の可能性。


これがどのような結果をもたらすか、私の手にはなんら推測の材料がない。

シークエンスの終了予定である1.5ミクロン秒後を待つしかなかったが、その間のことはまるで永遠のように長く感じられたことを今でも鮮明に覚えている。


「む…ぐ‥むむ…むぅ」


見覚えのない大男が鈍い光の中から現れた。奇しくも教経とほぼおなじポーズで横たわっている。意識はあるようで、ゆっくりと体をゆさぶり、起きようと試みているようだった。


「貴様は何者だ。どこから来た。」


「ま…まて…頭が痛い…少し待て…」


幸いにも、教経が語る『日本語』が通じるようで助かった。

しかし、容姿はどうみてもこの星の『ゲルマン民族』に属する人種に類似している。

たまたまその人種の存在する地域から論理跳躍させてしまった可能性がある。


「まずはこれを飲んで落ち着け。貴様に敵対する意思がなければこちらも害を及ぼす気はない」


水道から汲んできた水をコップに注ぎ、大男に与える。


「ああ…っくぅっ…ってぇ…助かる…」


「大丈夫か、呼吸は整えられそうか」


「大丈夫だ。頭痛も少し治まってきた。呼吸も問題ない…魔王はどうなった…」


「マオウか。そいつはどのような者でどこに存在する」


「どこって…目の前に…」


大男は水を呷って周囲を見渡すと、絶句しつつ、つぶやいた。


「ここぁ…どこだ…?」


「済まない。私の論理跳躍の演算エラーが起因し貴様を呼び寄せてしまったようだ。このようなケースについての知見はまったくないが、可能な限り協力を約束しよう」


「よくわからんが…そうか、お前が呼び出したのか。まぁいい。起きてしまったことはやむをえまい。俺はヴィエリ。お前は?」


「ひとまず石塚さおみと呼称するがいい。」


私は運がいい。

正直に言って、例外処理は嫌いな分野だ。が、ここまでのレアケースはそうあるまい。

今回発生した事象の原因や結果、得られた知見は必ずや枢軸院に高く売れる。

そして、このタイミングで流体金属インターフェイスに対する浸透率が極めて高くなりつつある。

これもひとえに教経と行為を繰り返した甲斐と言えるだろう。

これまで靄がかっていた頭が冴え渡るようだ。


「ところで…さおみと言ったな」


「なんだ」


「お前、なぜ服を着ていない」


「必要がないからだ。いや、寧ろ無いほうが都合が良いと言える。私は現在、この家の主である教経の本能に根ざした行動パターンの収集フェイズにいる。そのため、裸体でこの男の性欲を刺激する事が好ましいからな。」


「え…えらい変わったところに来ちまったもんだな…ここではそれは普通なのか?」


「この地域では普通ではないが、宇宙規模で言えば普通と言える。他の星域の人類の諜報を行うにあたって最も効率的なのは性交などの風俗を把握することにある。」


「宇宙…」


この男…ヴィエリは何もわからないという顔でこちらを見ている。しかしその男性器は立派に屹立しており、この流体金属インターフェイスに対する性的欲求を隠そうとしていない。


「現状において仔細を把握しようとするのは若干不毛と言わざるを得ない。まずは休んではどうだ。こい。」


ヴィエリを流体金属インターフェイスの胸に抱き寄せ、頭をなでてみる。

これは教経との行為に及ぶ際、もっとも奴が安心して性欲を顕にさせる仕草であったため、試しに行ってみた。

効果は覿面のようで、すぐさま流体金属インターフェイスにむしゃぶりついてきた。


性欲を発散させるための行為を行っているにも関わらず、興奮しすぎて皮膚を食い破らんばかりであったので少々驚いた。流体金属インターフェイスの金属片を吸収して無事に済む生命は存在しないため、そこは注意深く、行為を進めた。


教経と違い、あまりに能動的な行為であったため非常に興味深い時間となった。

教経がひたすら快楽の励起を望むのとは対象的に、ヴィエリの行為は母性を求めた行為であった。


翌日、教経の態度が明らかに冷めたものになったが、二日後には忘れたのか元通りになっていた。

これが純粋に知能の低さからくるものなのか、あるいは教経の特性なのかを調査する必要性を感じた。

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