それでも魔女は毒を飲む
ぬまちゃん
第1話 それでも、魔女は毒を飲むのっ!
「ごめん、俺、やっぱりお前には興味ないんだわ」
そう言って、バスケット部で一番背の高い彼は、私のチョコレートを半ば強引に押し返してから、スポーツバッグを肩にかけなおして足早に体育館に向かって消えていった。
――
私は見てしまったの。今朝早く校門の陰で学校一美人でお姫様と呼ばれる彼女から綺麗な包装紙に包まれたモノを受け取っている彼の姿を。彼は頭をかきながら少し恥ずかしそうに受け取っていた。恥ずかしさの中に見え隠れする彼の嬉しさが私の目には痛かった。
――
ピンク色のプラスチックフレームの眼鏡は私の涙を隠すには細かった。そうか今日はフレームの太い黒いロイドメガネにすれば良かったかしら。私はメガネのレンズがぼやけていくのを隠そうともせずに、そう考えた。
私の右手に残ったピンク色のリボンで結ばれたブルーの包装紙で包んであるチョコの箱を握りしめながら、体育館から教室棟に通じる昇降口を一人で歩いていた。
「食べ物は粗末にしちゃダメだっちゃ」
おばあちゃん子の私は、小さい頃からおばあちゃんにそう言われて育ってきたので、右手にある箱を目の前にあるごみ箱に捨てられない。でもこれを家に持って帰る事も出来ない。
どうしよう、これ? と思ってゴミ箱の前で自分の人生を思い返していた時だった。
「ねえ、そのチョコレートを私に頂戴!」
そう言いながら、私に背後から近づく怪しい影が一つ。私は聞き覚えのある声に振り返る。そこにはクラスメートの魔女が立っていた。
もちろん、科学文明の発達したこのご時世に魔女なんか要る訳がない。
彼女は自称「魔女」。
クラス替えの最初の顔合わせの日。自己紹介で「私は魔女です、今は魔女ではないですけど、魔女になりたいのです」とクラスメート全員に宣言した女の子だった。
高校生にもなって、まだ中二病を引きずっている女の子? なのかしら。私もクラスのみんなも不思議な気持ちだった。
それ以来、クラスのみんなは彼女の事を「魔女」「魔女さん」と呼んでいる。
「貴女はそのチョコレートの処分にこまっているのでしょう? それなら私がそのチョコレートをもらい受けます。そして魔法であなたの思いを浄化してあげます」
彼女は、私が涙を流しているのを悲しそうに見ながら、右手を差し出して私に近寄って来る。
「彼のために作ったチョコレートには乙女の思いが詰まっているの。だから彼に受け取ってもらえたチョコレートは思いっきり甘い味になるのよ。でも、受け取ってもらえなかったチョコレートには乙女の呪いがかかる毒のチョコレートになるの。これは浄化しなければいけないの。だからこのチョコレートは私がもらい受けるわ」
そうか、このチョコレートは、朝の幸せそうな彼の姿を見た時点で、私の呪いがしみ込んでたんだ。毒になったチョコレート。私も毒の入ったチョコレートを食べてしまおうか。
そう思って、包装紙を乱雑に破る。
「あ! だめよ、勝手に食べたら貴女が呪われてしまうわ。あのね、毒のチョコレートは食べたらだめなの。溶かして呪いを浄化してから飲むのよ」
彼女は私が破った包装紙から、チョコレートの入った箱を丁寧に取り出して、そっと胸に抱く。それから、私に聞こえない小さな声で何かの呪文を唱えているようだった。
それから私の方を向いて人差し指で私の涙をそっと拭いてくれた。
「それじゃあ、毒のチョコレートを飲みに行きますか?」
「うん、お願いします」
私たちは家庭科室まで歩き始める。そこにはチョコレートを溶かす電気ポッドがあるんだそうだ。私は歩きながら魔女に尋ねた。
「ねえ、なんでこんなことをしてるの?」
「私も魔女になろうと思う前は普通の女子高生だったの」
魔女はニコリと笑った。彼女と話していたら、なんとなく落ち着いてきた気がする。魔女の話は続く。
「でもね、ある時考えたの。毎年沢山のチョコレートは乙女の悲しさをしみ込ませたまま朽ちていくんだと。だったら誰かがその思いを受け止めてあげないと。それで、私は魔女になる事にしたの。魔女になって、本当は甘いチョコレートなのに、毒の入った苦いチョコレートを全部飲み干すんだと」
魔女は、少しはにかみながら私に向かってほほ笑んだ。
私は魔女に意地悪な質問をした。
「でも、魔女にだって好きな人が出来て、その人はチョコレートを受け取ってくれたら? そしたら、貴女は魔女を卒業しちゃうの?」
「ううん、そんな事はないよ。もしも彼氏が出来て、子供がうまれても、『それでも魔女は毒を飲む』わよ!」
彼女の横顔は晴れた空に浮かぶ白い雲の様に輝いて見えた。
「うん、そうだね。よし決めた。私も今日から魔女になる。そして『毒を飲む』ね」
私は前をしっかり向いて、魔女と一緒に家庭科室への道を歩いていく。
……
それでも魔女は毒を飲む ぬまちゃん @numachan
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