第21話幻想の魔術師

『迷わせ誘う幻想蝶の群れ』


僕は魔術名を口にした。言葉に出すことで自分自身で魔術のイメージを固めていく。

今回は相手が魔物なので言葉からどのような魔術かを悟られることはない。基本は心の中で呟くんだけど、声に出した方がやりやすい。


そして頭 指 口をフル回転させて瞬時に魔術を編み上げていくが、言葉を紡いで詠唱する時は色んな言語をごちゃ混ぜにしている。そうすると瞬時に理解されんことはないんだとか。指で文字を書く時も一緒。

まぁ今回の相手は魔物だからやる意味はないけどこれはもう癖になっている。


闇熊は完全に僕達の存在を認識し、今腕を振ろうとしている。あの一撃を用意なしで食らうと多分終わる。

完成。要した時間二秒。高級魔術にしてはかなりいいタイムだと思う。


僕を中心に空の色をした蝶が生まれていく。

朝日のように眩しい光を放つ蝶。

晴天のように青い蝶

曇天のように灰色をした蝶

夕日のように燃える紅色の蝶

夜空のように真っ黒な蝶

星空のように幾多もの輝きが集まった蝶

それらの蝶が個々で自由に飛び回り始める。


「トム隠れるよ!!!!」

「わ わかった!」


闇熊の一撃を避けるようにして斜め後ろの木の裏に飛び込む僕とトム。

そこで僕はトムの口を塞いで動かずじっとしている。


「Guoooooooo!!!!!」

バキバキバキバキ!!!!


闇熊の雄叫びと木がへし折れる音が響く。

僕達が隠れている木とは全く別のところから。

それからも闇熊は闇雲に暴れまくる。

僕は蝶がここら一体の空間を埋め尽くしたことを確認してからトムの口を塞いでいた手を外した。


「トムもう話して大丈夫だよ」 


「はぁはぁいきなり口を塞ぐな。苦しいだろうが!!

それよりもこの蝶はマーリンの魔術か?」


「そうだよ。『迷わせ誘う幻想蝶の群れ』って言う僕の一番得意な魔術でね。

色々な属性の魔術に蝶の形を持たせてるんだよ。」


「お おぉぉなんかすごいな」


「長いから『スカイバタフライ』でもいいよ。」


「おう!そっちの方が覚えやすいぜ!

んであの魔物はどうなってんだ?」


「今あいつはほとんどの感覚が正常に働いてないんだよ。

朝日みたいな蝶は光を発生させる蝶

晴天の蝶は水属性の蝶

曇天は風属性

夕日は炎

夜空は闇

星空は雷

この六種類の蝶が互いに反応したりする事で、相手の感覚を狂わせてるんだ。」


「例えば?」


「朝日が光の反射を操ったり、自ら光を発生させたりして、目くらましに錯乱 。

曇天は空気の振動や流れを操り 防音 防臭。

晴天と夕日で霧や蜃気楼をつくり。

夜空は光を闇で中和させ目に光の情報がうまく届かないようにする。

星空は微細な電流で触覚を麻痺させていく。

六種類の蝶が自由に動く事で色々な反応をしするから対応が難しい魔術だと思うよ。」


「んじゃあーこの魔術は中級の上あたりか?」


「いやシェーラ母さんによると高級の上らしいよ」


「なんでだよ。各属性に蝶の形を与えて操ってるだけだろ?」


「操ってないよ。大まかな指示だけでそれ以外は各自自由、じゃないとこの量は無理だよ。

属性反応も予め蝶に好みを組み込んでるから、互いが互いを邪魔しないように上手く反応するようになってる。

それとこの蝶たちは各自が勝手に魔力を吸って、ある程度吸うと分裂する様になってるからね。

魔物にくっついて魔力を吸ったり、僕が魔力を放出して、それを吸ったりして増えるから、一羽一羽僕が作っていく必要もないんだよ。

僕は最初に魔術を編み上げるだけで、その後は蝶たちにこれしてあれしてとか指示を出すだけ」


「えぐいなマーリンお前」


「そうかな?」


割と見た目が綺麗な魔術だしそこまで言われる筋合いはないと思うんだけど。



「じゃあさっきから熊の声とかが聞こえないのは?」 

「曇天の蝶に防音を頼んでるから」


「めちゃくちゃなところばかり攻撃してるのは」

「これも曇天の蝶が僕とトムの匂いを違う場所に運んでるから」


「体に蝶が群がってるのに気にしてないのは」

「星空の蝶が闇熊の皮膚感覚を潰したから」


「もう俺の目潰し玉の効果が切れてるはずなのにそんな様子がないのは」

「朝日と夜空が闇熊の目に何種類ものめちゃくちゃな情報を与えまくってるからかな、多分目潰しくらってた時の方がマシだったと思う。」


「この濃霧は」

「晴天と夕日が発生させてる霧だよ。」


「闇熊の表面がボロボロになってるのは」

「多分晴天と夕日、曇天、星空が色々と互いに相乗効果生み出してそうなったんだと思う。幾らかは見当がつくけど全部はわからないかな」


「この魔術ってどうやって破るんだよ」

「蝶が増えていくよりも早いスピードで潰していくか、一羽残らず一瞬で消し去る。あとは現実的じゃないけど魔術の術式を解読して解除して回ることかな。数が多すぎて意味ないと思うけど。」


「さっきからお前が一回魔力放出するだけで馬鹿みたいに蝶が増えていってるんだけど」

「そりゃ一頭一頭に複雑な術式があるだけで、必要な魔力は少ないからね。ちょっとの魔力ですぐに増えて、ある程度したら勝手に消えていくよ。」


「ほっとけば自然に全部消えるのか?」

「魔力が吸えなかったからね。魔力が吸えるなら吸える分だけ無限増殖していくよ。蝶の魔力を吸う力はできるだけ強くしておいたから」


「お前えげつないな」

「どこがえげつないんだよ」

「この魔術がだよ」

「綺麗だろ?」

「綺麗だけどよ」



そんな事を話していると闇熊が随分と大人しくなっていた。すでに体はまともに動ける状態ではない。

蝶も殆ど纏わりついていないから体内の魔力も殆ど吸い取られたのだと思う。

後数分もすれば闇熊はその命を散らすだろう。

闇熊もそれが分かっているのか丸くなる様に地面に丸まっている。



トムは視線で近づいて大丈夫かどうか聞いてくるので頷いておく。

そして二人で闇熊に近づいていくんだけど、闇熊にはもう抵抗もする気がない様だ。


「すごいなお前の魔術、こんなにすごいって分かってれば目潰し玉なんか作らなかったんだけどな」


「トムの目潰しショットがなかったらこれを使うこともなかったと思うよ。」


「うっ!ウゥ悪かったよ約束破って。

いきなり【闇に佇む者】みたいなビッグネームが出てきてパニクっちまったんだ。」


「もういいよ。今更どうしようもないしね」


「それでどうするんだよこいつは」

「魔術で眠らして、墓を作って終わりだと思う。」


「なんで最初から眠らせなかったんだ?」

「目潰しの痛みと興奮で効きづらいと思ったからだよ」

「すまねぇ」

「いいよ」


「それにしても【闇に佇む者】がこんな浅い所に来るなんて、マーリンが言ってた通り奥になんかいるんだろうな」

「そうだね闇熊は本来ならもう二、三段階深い所にいる魔物だからね」



闇熊は通常森のボス役でもおかしくない魔物なんだ。

そしてかなり賢い。

他所から自分より強い魔物が来ても、上手く縄張りを調整するくらいはできるはずなんだ。

それがこんな所まで来たということは………。


「おいマーリンどうしたんだ?眠らせねーのか?」

「……………いや……少し何か変じゃ……」



僕は闇熊の周りを一周する様に歩く。

そして背中に何かの印。

猟師が獲物の追跡のためにつける魔術烙印に似ている。

そう思った瞬間二つの意識が同時に行動した。


片方はマーリン

少なくなってきている『迷わせ誘う幻想蝶の群れ』に出来る限り多くの魔力を放出してその数を数倍に増やしながら、トムの方に走り出す。

トムの向こう側には黒と白銀色が混ざった美しい毛並みを持ち、闇熊よりも大きいな大狼がトムめがけて襲いかかっていた。


そしてその大狼は

獲物の三体が油断しきったところをやらうと考えていたが、その内の一体が"あれ"に気づいた事に反応した。

仕方なくまだ気づいていない大きいヒューマンを殺ろうと行動するが、その向こうでは"あれ"に気づいたちっこい方が走り出している。

だが今のタイミングでは大狼が先にトムを捉えるはずだった。




スピードはフル強化を使っている僕のよりも大狼の方が速い。

マーリンはそう判断すると曇天の蝶の殆どを強制解除し自身の後方に突風を生み出した。

その突風に体を預けるようにしてマーリンは宙を飛ぶ。

飛んでいる間に新たに三つの魔術を組み上げ始める。


『告死天使』 『告命天使』 『踊り狂う土の人形』


僕は右手、口、思考で魔術を編み上げながらまだ状況が理解できていないトムの服を左手で掴み、勢いそのままに僕を軸として反時計回転でトムを回した。

そしてその後すぐに大狼は先ほどなでトムがいた場所を通過していった。

僕とトムに無数の切り傷残して。


僕はその傷には構わずに魔術を編み続け、さらに魔力を放出していき『スカイバタフライ』の数を増やしていく。

大狼はトムを殺れる自信があったのだろう、空振りした後の態勢の立て直しに手間取っている。

そのおかげで『スカイバタフライ』も三つの魔術も間に合った。


「(発動)」

周りに土でできた人形が何体も現れ動き始め

僕の両肩には

『告死天使』黒色と深い紫がグラデーションされている国語辞典ほどの大きさがある蝶

『告命天使』白色と淡い緑がグラデーションしている蝶 大きさは同じ。

がとまっていた。


ちなみにこの二頭は分裂術式は組み込んでいない

一頭の中にかなりの魔力が入っている事や分裂術式を入れるのが面倒なこと、今の段階でも構成術式が馬鹿みたいにあることが理由。 

これはまだシェーラ母さんに見せてないのでランクはわからない。



「っげほ!げほ!」

「トム怪我はどんな感じ?」

「全身痛ーけど動けるぜ」

「そう良かった。じゃあ今すぐに荷物を置いて村に走って。」


「お前はどうすんだよ!」

「ここで時間稼ぎをするよ。こいつは放っておけない。かなり賢い魔物だけどすごく若いんだと思う。

今こいつは自分の立ち位置を知りたくて仕方がないんだ。そんな奴を村に近づかせるわけにはいかない」


「さっきみたいにはいかねーのか?」

「無理だね。

この狼は体中に嵐属性を纏ってるからさっきみたいには上手くいかないと思う。

それにトムに闇熊と同じ印がつけられてる、ここで二人でいても僕はトムを守りきれない。」


「んじゃあ俺が村に行ったら、村の場所がバレちまうだろうが!」

「僕がここからこいつを逃がさない。

それに時間差があればエル父さん、シェーラ母さん

パームさんにシーカさんが対応してくれる。問題ないよ。だからあいつが動き出す前にはやく行って」

「……わかった。すまねぇ!」


トムは言葉短めにこの場から走り出した。

「(…トムが素直に逃げてくれてよかったよ)」


大狼も体制は立て直した様だけどトムを追わずに僕の方を警戒してる。

『スカイバタフライ』もやっぱり嵐属性に邪魔されて上手く機能してないようだ。

視覚と嗅覚 聴覚はかなり邪魔できてるだろうけど完全ではないね、触覚に至ってはサッパリってところかな



「『踊り狂う土の人形』よ、舞い踊れ。」


そうすると土の人形はそれぞれが好き勝手に激しく踊り始める。

大狼は警戒を強め少し後退する。

それと同時に濃霧に紛れる形で僕も隠れ、フル強化を空間同調に切り替える。

これでこの視覚 嗅覚 聴覚が機能しない空間でもあいつを見失うことはない。

『告命天使』がさっきあいつにつけられた傷を癒して飛び立っていく。『告死天使』もそれと同時に飛び立っていった。



『告死天使』は名前の通り、相手にデバフを撒き散らす蝶。例えば恐慌 恐怖 不安 疑心 の催眠 幻覚 数種類の呪い、筋力低下 思考低下などなど。レジスト可能なものではあるがいくつかは効果が出るだろう。


『告命天使』も名前の通り、個人や複数人の傷やデバフを癒して回る。回復速度は僕よりも少し遅めくらい。

僕はシェーラ母さんからかなり速いと言われていらので、相対的に速い方ではあると思う。

あとは精神的なバフを撒き散らす。



この二頭は僕と魔力回路が繋がっていて常に僕から魔力を吸っている。

僕は大地から魔力を吸っているので魔力が枯渇する心配はないんだけど、これをやっていない状態で今の状況になったら数分で魔力が枯渇する。

ちなみに僕の素の魔力量はシェーラ母さんやパームさん シーカさんたち純粋な魔法術師の足元くらいには多い。多く感じないかもしれないけどこの体と歳では考えられないくらい多い。



そして今大狼は色々と試している最中だのようだ。

トムの方に行こうと何度か試しているがそれは僕が全力で邪魔をしている。

蝶を消し去ろうと軽く攻撃して回っていたが、無駄と判断したのだろう。

このままエル父さんたちが来るまで耐えられるかと思ったのもつかの間、大狼はここら辺一帯を消し飛ばすつもりなのか半端ない魔力を体にを貯めていく。


「あいつここが【深緑の大精霊】の縄張りと知らないの!? 『踊り狂う土の人形』よ!寄り集まり一塊の岩となれ!」



僕は土の人形に指示を出し幾つができた岩の後ろに隠れる。

そこに向かう途中で休憩の時に置いたままだった鉈を拾っておく。

次の瞬間台風でも通ったのかと疑う様な暴風が吹き荒れる。

あたりの木は完全にひしゃげて数本は根っこごとどこかに飛ばされていく。


『スカイバタフライ」はかなり数を減らされあいつに効果を与えられる数にするには数十秒かかるし、

『踊り狂う土の人形』で作られた岩は一応全部無事だが損傷が激しく、人形の形に戻した時にはかなりの数減っているだろう。

『告死天使』『告命天使』は流石に無事だが、その分かなり魔力を持ってかれている。


現状を確認したところで大狼が僕の存在を捉えた事を僕は気づいた。

「(臭いだろうね。)」

空間同調している状態でも目や鼻 耳などで捉えることは出来る。

「(ただ存在感がほぼないだけの状態だから。)」


大狼が動き出すと同時に僕は隠れている岩から全力で離脱し、鉈に強化魔術を施していく。

数瞬後 案の定岩は粉砕され、粉砕された勢いそのままに岩石がこちらに飛んでくる。

幾つかは避け、避けきれないものは鉈で打ち落とした。



「これなら十分使えるけど、ここまでが限界だね」

「guuauuhhh」


大狼はとても楽しそうに僕を見ている。

僕の手を上手く破らことができて嬉しいのだろう。

顔に「どうだ!すごいだろ!」と書いている。

実際僕も『スカイバタフライ』がこうもあっさり破られんとは考えてなかった。

完全に効きはしないだろうが、撹乱には十分使えると考えていたからだ。

僕はさっきまで考えていた戦い方を全て考え直す羽目になってしまった。

大狼は僕が次の手を打つ前にすぐに戦いを再開して暴れまわる。

その時に『スカイバタフライ』も巻き込む様にして暴れるのでなかなか数が増えない。



「(賢い奴だね本当に、でも完全に消されるともう一度最初から編み上げないといけなくなる。それは許してくれないだろうからねこいつは。

この質量差は『スカイバタフライ』でのサポートがないとすぐに僕が追い詰められる。

『スカイバタフライ』がいなくなると僕の詰みだ。)」


僕は必然的に大狼が『スカイバタフライ』を消していくスピードよりも速いスピードで『スカイバタフライ』を増やしていくためにかなりの魔力を常に放出する羽目になっている。

今の状況で僕が持続的に放出し続けられる魔力放出量の限界だ。

『迷わせ誘う幻想蝶の群れ』「踊り狂う土の人形』

『告死天使』『告命天使』

これらの魔術を全力で維持するのは流石に今の僕には負担が大きい。

大狼の表情を見るに狙って作り出しているんだろう。

状況を整理しているとさらに大狼の攻撃は激しくなっていく。

「(流石に負傷せずにこいつと戦うのは不可能だね)」



僕も『スカイバタフライ』で視覚と嗅覚、聴覚を阻害し、『踊り狂う土の人形』を誘導と防御に使い、『告死天使』で相手にデバフをかけ続けながら鉈で応戦していく。

その時にあいつが纏う嵐属性の刃はどうしても少しは食らうが『告命天使』で瞬時に癒していった。

魔術で強化した鉈での攻撃はあいつの皮膚を切り裂けはするものの流石に深くまでは切れない。


牙や爪 尻尾 体当たりなどは回避はできるものの、体の大きさが違いすぎるためどうしても回避行動を大きくしなければならない。

何度か懐に入ってみたは良いが、何度目かであいつは対応の仕方が追い出す方から逃がさない方向に変えてきた。

「(やっぱり賢い、リスクとリターンの計算がよくできてる。)」


僕は一回捕まってしまうと逆転する手が無い。

極め付けにあいつは自己治癒のスキルか魔法術が使えるのだろう、僕が必死に与えた傷を次々に癒していく。

この時点で僕が勝つ方法は、玉砕覚悟の一撃か、『告死天使』によるデバフ祭りで弱らせる、奇跡的なカウンターくらいしか無くなった。

このうち前の二つは選択肢にはあるが、選択はしない項目だ。つまり奇跡的なカウンターしかない。

僕は大狼と接近戦を繰り広げながら冷静に頭を働かし、自身の勝率がとてつもなく低いことを理解した。


「(………せめてまともな武器があればまだいくらか勝機があるんだけどね……,。)」


僕は激しい攻防の合間に深く息を吸い、吐いてから覚悟を決めた。

そしてこの戦いに全神経を集中させていく。


「(ここからは無駄な思考は無しだ)」

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