第17話木こりになる

僕はマーリン六歳、今は夕日を背負いながら斧で木を切っている。


トスッ トスッ トスッ トスッ トスッ トスッ


ただひたすらに斧を振り上げては振り下ろす。

腕で振るのではなくて体で振る。

剣の練習に少しだけ似ている。

最初に倒したい方向に切り込みを入れて、最後に反対側に斧を打ち込んでいって倒す。

木が倒れていくところを見ると、今までの苦労が報われた気分になる。



僕が今日二本目の木を切り倒したところでジャヤの大将が確認をしに来た。


「マーリンはいい木こりになるぜ。

こいつも前のやつも伐採するべき木を選べてる。

職に困ったら俺のところに来いよ」


と言ってくる。

「(……なんでこんなことになっているんだろう)」





原因は数時間前のジャヤの大将の店でのやり取りまで遡る。


「よしっマーリンも今日の伐採についてこいよ」


トムはとてもいい笑顔で僕にそう言ってきた。

ジャヤの大将も悪くないという顔をしている。

このままだと僕は木を伐採するという重労働をやる羽目になってしまう。それは回避したい僕はルート兄さんとルーリィにそう助けを求めた。

それに気づいたルート兄さんが助けを出す前に


「マーリンがとった香木をそのまま持っていけばいいしよ。悪くねー案だろ。

それに今若手の木こりが少なくなってきてるからよ、親父もできるだけ若い奴にやり方を教えてーみてーなんだ。」



ジャヤの大将に確認の視線を送る。

ジャヤの大将は小さく首肯した。

ルート兄さんとルーリィを見る。

ルート兄さんは僕に任せるという視線をくれた。

僕が嫌だといえば助けてくれるだろう。

ルーリィは面白そうという顔をしている、あれは僕にきこりをやってほしいという顔だ。


「わかったよ、僕もちょうど何かやること探してたからね。ジャヤの大将僕にもついていっていいですか?」

「ああもちろんだぜ。息子の提案にのってくれてありがとうなマーリン」


ジャヤの大将は僕の背中をバシバシ叩いてくる。

トムは僕に重労働をさせられるということで満足そうだ。

僕はルート兄さんとルーリィの方を見て


「ルーリィは付いて来たらダメだからね。

ルート兄さんと一緒に帰って午後からの練習頑張るんだよ。」

「え…ついていったらダメなの?」

「ダメだよ危ないから」

「うん マーリンの言う通りだよルーリィ。

今回は僕と一緒に家に帰ろう。夕食の時に話を聞けばいいさ」


「三人で行ってもダメ?」

「「ダメ」」

「…うぅ…わかった。

マーリン兄さん帰ってきたらお話聞かせてね。」

「話してあげれるほどのことがあったらね」


そんなやりとりをしてから二人は家に帰っていった。

できれば僕もあの二人とともに家に帰りたかったよ。



「よし!じゃあ道具類を渡すから二人共取りに来い!

んでそれを持って森に行くぞ。

説明とかはあっちでろやるからまずは森に行くぞ!」



ジャヤの大将はとても元気だ。

トムもジャヤの大将のいうことに素直に従っている。

僕も一応自分の意思でやると決めたのだ、最後までやり通そう。

そしてジャヤの大将から渡されたのは 、分厚い皮でできた手袋、靴、鉈、斧、縄、ナイフである。

六歳児に渡すものとは思えない物がかなりあるが、ジャヤの大将はあの一件での僕の戦いぶりを最後の方に見ている。

か弱い六歳児マーリンで押していくには無理がありすぎるし、トムがいるから根本的に騙せない。

手袋と靴はまだいいとしても、そのほか四つはマジモンのやつだ。かなり無骨で重い。

これ僕がフル強化してなかったら森に着くまでにバテてるよ。



そんなこんなで森の結構深いところまで来た僕たち男三人は少し日が木の隙間から入ってくるところで休憩しながらジャヤの大将の説明を聞くことになった。


「トムには何回も話したと思うが、マーリンには初めてだからな説明するぞ。

俺たち木こりは木を切る職業だ。当たり前のことだよな。

だがこの村周辺の森では話が違ってくる。

マーリンなんで俺たちの村やその周辺では木々がよく育つか知ってるか?」

「確か深緑の大精霊が住み着いてるからだよね。

エル父さんから聞いたことがあるよ」


(精霊の基礎知識

低位の精霊は火や水、土、風、光、闇のどれか一つを司り

中位の精霊は炎や氷、岩、嵐、光、闇のどれかを

高位の精霊は中位のものに重力や雷などが加わったものの中から一つか二つ

大精霊は属性を司るというよりも、概念を司るというものになってくる。森や空、海 大地などなど。

故にいくつもの属性を扱える。比べるものとすれば龍や大妖怪などの化け物たちになるくらいのやばいやつ)



「そうこの森というか大森林には深緑の大精霊がいる。この大森林がエルフの国と北領同盟王国を隔てる【深緑の闇】と言われる理由でもあるな。

その大精霊ってのを刺激しないように過度の伐採は避けなければいけねーんだ。

昔何回かこの大森林を通って軍を進めようとしたことが両方ともあったらしいんだがよ、何万って軍が通るわけだから木は切りまくるし、勝つための作戦として森に火をつけたり色々したりしたらしい。

んでこの大森林を戦場にして戦うことになるんだがな、最終的には両軍全てがこの森の肥料になったって話だよ。

伝承では三倍くらい元の森林より大きくなったらしいぜ。信じらんねーよなぁ、色々とよ。」


僕は下を見る。


「なら僕たちは今何万人もの人の上にいるってことなんだね」

「ははは!なんだよマーリン怖いのか?んなもん誇張に決まってんだろーがよ。」

「まぁ本当かどうかはわかんねーがな、この森で木こりをするならルールが二つあんだよバカ息子!」


ジャヤの大将はトムに軽くげんこつを食らわして静かにさせ話し出した。

トムは涙目である。


「一つ目、生活を営んでいくのに必要な分だけ切ること。他所へ売るために多少切るぐらいなら大丈夫だ。

道を作るために大規模伐採とかそーいうのはするなってことだな。

生活分くらいなら適度に木々に隙間ができていいこともあるしな。


二つ目、若い木は切らず、病にかかっている木や腐り始めている木、年を取りすぎた木を切ること。

その努力はしていくこと。

何年か前にこれを守らず適当に木を切りまくったバカが地面に埋められて肥料になったらしいから気をつけろ。」



僕とトムが理解したことを確認するとジャヤの大将は周りの木を一通り見てから、何本かの木を斧の刃が付いてないところで叩き始めた。

そして何かに満足すると叩くのをやめ


「若いか年取ってるかは大きさとか表面の皮とかコケなんかでなんとなくわかると思うが、病気とかなんやらで内部から腐ってる木を見つけるのはかなり難しい

これがわかるようになったら一流の木こりだ。

んだ今俺の目の前にあるやつが腐り始めた木だ。

なんとなく音とかでわかるようになるからお前らもわかるように練習は日頃からしろよ。」

「いや僕は木こりになるつもりはないよ」

「なるつもりがなくてもできるようになっときゃ役に立つこともあるもんだぜ。」


ジャヤの大将は親指を立てて僕にそう言ってきた。

いや〜あれは無理だと思う。

さっきも音で判断してるんだなと思って聞いてたけど木の品種のよる違いもあってさっぱりわからなかった

トムの方を見ると目が合い


「はっ!もちろん俺はできるぜ」

「つまんねー意地はってんじゃねー馬鹿野郎!!

お前のは完全なる当てずっぽうで十回に一回当たるかどうかだろうが。」

「十回に一回は当たんだからできてるようなもんだろクソ親父!」

「できてるもんかこのアホ息子」


とあーやこーやと親子ゲンカが始まり最終的には


「じゃあ親父が選んだ木を切ってみろよ。

それで外れてたら、親父の過去の女性関係洗いざらいかーちゃんの前で白状しろよな!いっつもはぐらかしてんだから!どうせろくなもんじゃねーんだろ!」


「あんだとこのクソ息子!

俺が一流のきこりじゃねーって言いてーのか!

ってか外した時の代償がでかすぎんだろーが!もうちょい手加減ってもんを知りやがれ!

………マジで言わないとダメか?俺殺されるかも知んねーんだけど?」


「いやそこで不安になんなよ!てかそんなにやべーのかよ親父!?」


「うっせぇ!!

モテる男は辛いんだよ!こんちくしょうが!

わかったよその条件でやったるわい!

だがこの木が本当に腐ってたらお前は、自分の好きな娘にみんなの前で思いを告げろよ!

よしっ決まりだ!

マーリン!これから木を切るやり方見せるからよーく見とけ!」


「ちょい待て親父!なんで俺に好きな娘がいること知ってんだ!

てかやめろ!取り消すからふつーに木の切る見本をマーリンに見せてやってくれ!」


「もう遅いわ!

お前は俺のプライドにケチをつけやがった!

この木こりの大将ジャヤのプライドにな!

その落とし前をつけさせてやるぜー!!」


ジャヤの大将は斧を振りかぶり勢いよく木に打ち込んだ。

ザスッ!!


「あっ〜〜〜!!!!

ちょっと本当に待てって!!!」


「なっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」


ジャヤの大将は開き直ったように一心不乱に木に斧を打ち込んでいく。

乱暴なように見えるが、正確に一回一回丁寧に打ち込まれている。

流石きこりの大将とみんなから呼ばれだけの実力がある。


ザスッ!!ザスッ!!ザスッ!!ザスッ!!

ザスッ!!ザスッ!!ザスッ!!ザスッ!!

ザスッ!!ザスッ!!ザスッ!!ザスッ!!

ザスッ!!ザスッ!!ザスッ!!ザスッ!!



トムも流石に斧を振り回しているジャヤの大将には触れたりせず、ただただ祈るように見守っている。

そうしているうちにジャヤの大将は最後の一発を木に打ち込んでいた。

ミシミシと木は音を立てて倒れていく。

その断面には腐って黒くなっている部分があった。

それを見た二人の反応は真逆だった


「よっっしゃああぁぁーーーーーーー!!!!!!」

「うわわわわわわぁぁぁあぁぁあぁぁぁーーーー」


思わず耳を塞いでしまうくらいの叫び声だった。

空気が振動しているように感じてしまうほどの絶叫だ

二人の絶叫はしばらく続いてから止み、トムは魂が抜けてしまったかのようになっている。

逆にジャヤの大将は若返ったように元気になっていた。



「んじゃぁ見本も見せたことだし、各自自由にやり始めろ。マーリンもお前ならさっきので十分だろ。

わからないことがあったら聞きに来いよ。

んでこの"腐ってる"切り株からあんまし離れすぎないことだ。わかったな?この"腐ってる"切り株が目印だぞ」


ジャヤの大将はにっこにっこしながら"腐ってる"という部分を強調しながら言ってくる。

トムは何も反応を示さず、道具を持って伐採する木を探し出す。まるで生きる屍になってしまったようだ。



一人になった僕はいくつかの木を斧で叩いて回ってみた。さっぱり解らない。

適当に大きい木を切ってやろうかとも思ったけど、

それはかなりキツそうなので、できれば細い木を切りたい。

試しに木に向かって《把握》を使ってみるが結果は

[大きく少し傷の入っている木]

だった。久しぶりにこのスキルのポンコツさを思い出した。

僕は木に手をおいて深く深く集中して《把握》を使っていく。今思えば地面以外にこんなに集中して《把握》を使うこともなかったな。



ちなみに今も大地と同調してフル強化を使用している。

一度に《把握》を使えるのは自分ともう一つの対象にだけ。

《同調》は一つの対象にしか使えない

《同調》を使っていれば《把握》の対象を自分にして使うことができる。



フル強化の手順を詳しく説明すると


まず大地を対象に《把握》を使い魔力を感じる

そして《把握》を大地に使ったまま自分にも《把握》を使用して、自分の魔力を音として感じる。

これは大地の魔力を音でしか認識することができないから(だって魔力眼とかの便利スキルじゃないもん)。

そして自分の魔力を音として認識しておきながら、大地の魔力を対象にして《同調》を使用する。

するとあら不思議、僕の魔力の音は大地の魔力の音と同じになりました。

この状態になると自分を対象に《把握》を使っておくだけで《同調》を維持することができる。

あとは魔力コントロールで大地に魔力を流したり、吸い上げたりする。

応用技として、一定の範囲に魔力を流して無理矢理に曲解し、自分の体と思い込み範囲内全てを一つの対象として認識する。そして《把握》を使い全てをなんとなく捉えることができるようになる。

更なる応用技(神くんに不意打ちをくらわした時に使った気配を空間に溶け込ませる技)

範囲内に《把握》を使い全てをなんとなく感じられる状態になったら、《同調》を解いてもこの状態を維持できる。

《同調》を解いたらもちろん自分の魔力は普通の状態に戻るが、既に《把握》を空間に使っている状態なのでそちらが解けることはない。

そして《同調》をこの空間に使い、自分自身を空間に同調させていく。

この時にまた魔力も大地に合わせることができる。

《把握》は既に僕と空間が同調しているので、自分を対象に使っていればこの状態を維持できる。


説明終了(もうこんなに細かく説明しません。面倒い)



よし木の魔力を聞くことができた。

初めてで緊張したけどやっぱりできた。

音が淀むこともないし乱れることもない、多分この木は正常だ。あってるかどうかはわからないけど。

このまま何本かにやっていけばわかるだろうと思いどんどん調べていく。



「この木で十三本目か、やっぱりこのやり方じゃわからないのかな?

この木の音を聞いたら一回伐採してみようかな」


《把握》発動

……zizizizi……zizi……zizizizi……zizizi


「見つけた!」


僕は早速斧を掴みジャヤの大将の動きを思い出しながら振っていく。

今は一応自分に《把握》を使っている状態でもあるから自分の動きが合理的かどうかはよくわかる。

使わなくてもある程度なら分かるけど、使った方が早い。

違和感がなくなるまで修正を加えながら斧を木に打ち込んでいく


バスッ タスッ タスッ ダスッ ドスッ ドスッ トスッ

トスッ トスッ トスッ トスッ トスッ トスッ トスッ


「よしいい感じかな」


剣の素振りに似ていて少し楽しいかも。

できれば斧がもう少し僕の体に合った大きさならもっといいんだけどな。

体の動かし方を最適化してもきついものはきつい。


「よいしょっと!

はぁはぁ…はぁ〜〜。あとは反対側に打ち込んでいけば終わりかな」


トスッ トスッ トスッ トスッ トスッ

ギシギシギシギシ

ズザザザザザザサ


「やっと一本目終わり。

以外と爽快感あっていいかもね。

……なんか忘れてる気もするけどまぁいっか」


さあ確認をしないとね。

本当に腐ってるかどうかで、この方法が正しいかどうかがわかるしね。


「あーあったあった。この方法でわかるんだ!

あと一本くらいいけそうだし探そうかな」


今は太陽が少し落ち始めたばかりだから二時くらいだと思う。


「よしっ!頑張ってやってみようかな!」





というわけで最初のやり取りに戻る


「職に困ったらシェーラ母さんに相談するよ。」


「なっはははははは確かにその方が絶対にいいな!」


ジャヤの大将は僕の背中をバシバシ叩きながら


「んじゃ帰るぞ!!

トムもしっかりと思いを告げるんだぞ!!!」


トムはまだ魂が戻ってきていないようでふらふらとついてくる。上を見上げると、僕が伐採した木が本来あった場所から僕の目の色と同じような綺麗なオレンジ色に染まった空が見える。

とても綺麗な空だった。

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