2.

「正直なところ、嫌にならないか?」


「どうしたんだよ急に」


「いくら作り物とはいえ、目の前でぶっ壊すんだからな」


「考え込むような段階はとうに過ぎたよ。ただの作業だ」


 変なやつ。呟いて彼は机に寝かせられたチャイルズを持ち上げた。先程落下させたものと同じ構造の試作品だ。

 表情筋の動作を精密化させたが、その分パーツが増えてしまった。衝撃を受け止める空間が少ない為、部位毎の破損よりも先に外装の亀裂が生じてしまう。

 人間はバラバラにはなれても粉々には早々なれない。硝子のように砕け散るのは人間的とは言えない。しかし赤子という限られた筐体の中で、程よい耐久値を引き出すのは難しい。単色で出来たジグソーパズルの方が遥かに容易だろう。


「そっちこそ嫌にならない? 毎日哲学的な事ばっかり考えていてさ」


 汎用型人工知能を構築する彼らは、プログラマであると同時に哲学者でもある。

 人間性を演出するには何が必要となるか。意識と無意識という二分された思考領域が必要だろうか。眠ること、夢を見ること、寝言をいうこと、それらは本当に必要だろうか。そんな事ばかり議論しているイメージがある。


「いや、楽しいよ。やっている事はお前と正反対なわけだし」


「僕も人事異動にならないかな」


「……なあ、俺には本当の事を言ってくれても良いんだぞ?」


「本当だって。嘘ついてるように見えるか」


「さあな。まあどっちでも良いさ、嘘は人間の最も優れた機能の一つだ。悪いことじゃない」


 なんだよそれ。僕はコンソールに向かい合い、次の実験フェイズへと移した。実験室の真ん中にチャイルズがぽとんと投下された。


「ここ、もうお前一人なんだってな」


「うん……求人は出しているみたいだけど」


「こんなの見たら誰だって嫌になるさ」


 ――スリー、トゥー、ワン、ファイア。

 ぼう、と唸りをあげ、チャイルズの身体がメラメラと燃え上がった。四方からの火炎放射。一般的な火事による全身火傷、酸素不足に対するチャイルズの反応実験。


 見るべき箇所は二つ、皮膚の損傷過程と表情の変遷。出来るだけ生々しい爛れ方と、出来るだけ初々しい苦悶の表情が無ければリアルとは言えない。

 僕もホクトも、どんどんと消し炭に成り果ててゆくそれを黙って見つめた。彼は一人の人間として、僕は研究者として。


 恐らく彼と僕とでは、見ている世界も手を伸ばす方向も全く異なるのだ。多分僕は、完璧なまでに苦しみ死んでゆく赤子を作れたのなら、何よりの幸福感を覚えるだろう。

 彼も「二足す二は五」と答える人工知能に出逢えばきっとそうなる。完璧と定義される形は人間の数だけ溢れている。

 そして何よりも僕は、たった一人になれた事を幸運と捉えている。


 しゅうしゅうと鎮火作業が行われるガラスの向こうを横目に、ホクトが尋ねる。


「俺には違いが分からないけど、改良はされているんだよな?」


「もちろん。落下死のような突発的な死では表情に味付けを加えない。逆に焼死のような継続的な苦痛に対してはそれに相応しい表情をさせるよう調整してある」


「ふーん。マルキ・ド・サドもびっくりだな」


「僕らは鞭打たれながら、神に代わり鞭打つ役目を与えられたんだよ。この子達が平穏な世界を齎す天使になるか、はたまた厄災となるかは僕らの努力次第だ」


「良い言葉だな。シェイクスピアか」


「そう、ハムレット。見たことあるの?」


「いいや。格好良い台詞はだいたいシェイクスピアのもんなんだよ」


 何だそれ。くすりと笑い、黒焦げになったチャイルズを保管室へと輸送させた。明日の朝、熱が冷めたら詳しく検証していく予定だ。

 そしてまだ実験に使われていないチャイルズを一体抱え、僕は席を立った。


「そろそろ帰るよ」


「持って帰んのか」


「フェイシャルモーションをもう少し調整したいからね」


「うへえ、真面目な事で」


「お疲れ様」


「ああ、お疲れさん。また飲みに行こうや」


 彼はそう言って研究室を去っていった。急に静けさを取り戻した部屋に向け、


「実験終了、また明日」


 と告げた。


「実験終了、お疲れ様でした」


 自動応答が流れ、部屋が消灯される。ぴくりとも動かない赤子を抱いて、僕は帰路に着いた。

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