第3話 登校日 2020/11/28

 その日は登校日だった。

 登校日って言っても、なんか校内清掃日みたいなヤツだ。

 僕は、体育館の裏でしゃがみこんで、1人で草むしりをしている。


「ババアもあれで、若い頃は可愛かったんだ」

「…」


 菊っちゃんが、惚気ている。


「背が小さくて、目も丸くって、丸顔で」

「…」


 なんか、小さいとか丸いとか、ディスってる気がするけど、僕は、シンドクてそれどころじゃなかった。


 体育館の裏は、ちょうど体育館と校舎の間の空き地で日陰になっている。日陰だから楽だと思うかも知れないけど、気温と湿度が高くて蒸し暑い。おまけに風が建物に遮られて空気が動かない。


 汗が、僕の額を伝って顎から地面に落ちた。

 シャツも汗で身体に張り付いて気持ち悪い。


 壁に四方を囲まれていて穴の底のようだ。僕は、上を見上げた。

 空が、四方の壁に四角く切り取られていて、真っ青にどこまでも上に昇っていく。

 わんぱくで自由な入道雲が、ここに閉じ込められた僕を見下ろしていた。


「祝言のときは、自宅でマグロの解体ショーをやってな」

「それは凄い!」


 いけない。つい話に乗ってしまった。


 草むしりを始めて1時間経つ。

 僕は、立ち上がって、何回目かの腰を伸ばした。

 僕の他に、男子3人がここの担当だけれど、サボってどっか行ってしまった。

 ぼっちな僕にとっては、かえって気が楽だったけど。


「これが評判になっての。菊っちゃんの解体ショーと言えば、何年か近所の語り草だった」


 体育館の角から、女子が顔を出した。


「委員長、ここにいた」


 僕は、立ち上がり手にした雑草を放り投げて、手を振って泥を落とした。

 周りを見回して、委員長を探してみるけど、やっぱり僕しか居ない。

 残念ながら、僕が委員長だった。


「副委員長、どうしたの?」

 

 副委員長の名前は、川崎 友香さん。可愛い女の子だ。

 髪の毛をポニーテールにしていて、Tシャツに短パンのラフな姿だ。


 目が丸くて大きくて、顔は小さく丸顔で、少し小柄な女の子。


 いつも元気でニコニコしていて、いつも友達に囲まれて、笑ってると周りまで明るくなる感じ。僕とは正反対だな、と皮肉に思う。


「女の好みに、血の繋がりを感じるな」


「オジイ、黙れ」

 僕は、慌てて半ズボンのポケットに入れた腕時計をギュッと握る。

 半ズボンの外から握ったから、半ズボンに泥が付いてしまった。


「えっ? オジイ?」


「なんでもないよ」と首を振る。


 菊っちゃんの声は、直接頭の中に響いてくる。

 最近やっと慣れてきたのに、すぐ抜けちゃう。

 声を出して返事をしてしまうと、僕が困った人みたいになっちゃう。


 それに、川崎さんが僕に興味あるわけない。

 僕は1人で充分。


「お願い。一緒に来て」


 ちょっとだけ心が揺らいだ。

 気のせい、気のせい。


「だがな、ババアになると、全員、皺くちゃになるんだ」


 嫌な予感がした。




2020/11/29 修正

 

 

 



 

 




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