第6話 新米教師サンディ 2021/01/02
ピーターは、点滅するランプとブザーで我に返った。
点滅するランプ脇のモニターを確認すると、格納ハッチの外、小惑星の岩肌に古ぼけたローバー(探索車)が停車していた。ソフトシェル(宇宙服)を着たサンディが、手を振ってきた。ピーターがモニター横の開閉ボタンを押すと、エアロック(気密室)から空気が抜かれて、格納ハッチが徐々に開く音がした。
「やぁ、ピーター。終業式ぶり」
エアロック(気密室)に進入してきたローバーから通信で、<ムサシ公立第一高校>の最年少教師であるサンディは、教え子に陽気な声で挨拶した。
サンディは、3年前に火星の大学の教育学科を卒業して、出身大学の付属高校の教師へ配属された秀才だった。ところがサンディは、教職者というよりかは研究者気質で、大学時代からそ研究してきたテーマの研究を続けることを希望して散々ゴネた挙げ句、今年の春から<ムサシ公立第一高校>の歴史教師として赴任してきたという訳だった。
サンディは、着任早々、1回目の歴史の授業で、やらかした。授業終了のチャイムの音が鳴って、はっと我に返ると、黒板に向かってもたれ掛かるようにして、荒い息をしている自分が居た。頭からチョークの粉を被って、チョークを持つ指は震えて、背中は汗だくだった。黒板には、ルナシティが地球連邦に独立を宣言してからの年表と、主要人物の名前と似顔絵、そして、幾つもの疑問点が?マーク入りで書きなぐられていた。
??ルナシティを攻撃し撃墜されたガンシップ<地球の光号>を、誰が修復し<ファルコン>に改装したのか??
??そもそも誰が、メインベルトへの大量移民計画を立案して、実行したのか??
??<カンパニーズ>は、誰がどのようにして、いまの形にしたのか??
??<火星大使襲撃事件>は、何故起きたのか?、誰が何の目的で??
??<英雄>とは??
??<英雄>のオーバーテクノロジーはどこから、資金は誰から??
??<英雄>は、どうやって地球連邦と和平を実現したのか??
??和平実現後、<英雄>を暗殺したのは誰か? 彼のガンシップはどこへ消えたのか??
サンディは、恐る恐る振り返って、教壇から生徒達を見渡した。
ほとんどの生徒達は、窓から聞こえてくるサバイバルゲームの一種<スリーカード>の歓声や応援の声に気を取られて、心ここにあらずだった。来月、上級生の選抜チームによる対抗試合があるので、学内の練習試合が行われていた。それが気になって、サンディの話をロクに聞いてなかったのだ。
その中で、ピーターとアンだけは、サンディの授業を熱心に聴いていた。アンは、<スリーカード>の学年選抜のメンバーだから、当然窓の外が気になる。本当だったら、嫌がるピーターを無理矢理連れて、授業を抜け出して、フィールド脇で応援しているところだ。
それをさせなかったのは、授業の中に、彼らの良く聞き知った名前が何回も熱く繰り返されたからだ。
ルナシティ暫定政府 外務次官・防衛大臣 マヌエル・ガルシア・オケリー・デイビス将軍。
地球連邦から独立を勝ち取った<ハードロックオペレーション>を立案し指揮した男。母なる地球に、100トンもの巨大な岩を次々に投下して、北アメリカ理事国、大中国、インド、ソ同盟、パン・アフリカに、2キロトン原爆に等しい爆撃を行った男。その男は、地球連邦から悪魔と憎まれ、戦争終了後、戦争犯罪者として裁かれて、メインベルトを流刑地として追放された。
そして、彼は、ジェイク爺さんの育ての親であり、ピーターとアンの曾祖父でもあった。
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