第5話 事の始まり 2020/12/21

 ピーターは、<魔術師の巣>でレストア(修復)作業をしていた。

 <魔術師の巣>は、もともとガンシップ<ファルコン>の第3格納庫だったところだ。

体育館ほどある空間には、乱雑に大小様々な商品が積んである。その端っこには、整備エリアがあり、そこには古ぼけた小さな牽引船(タグシップ)がアームで固定されていて、ピーターは、そこで朝からずっとレストア(修復)作業をしていた。


 そもそも事の始まりは約3か月遡る。


 <魔術師の巣>の店主ローラは、元々腕っこきの採掘屋だった。そのせいか、<魔術師の巣>の経営者となった後も、その経営方針は「宵越しの金は持たない」というものだった。これまた、不思議というか必然というか、その方針は前経営者であるジェイク爺さんも同じであり、いわゆるドンブリ経営ここに極まりという状態だった。


 それでも<魔術師の巣>は、数年前まで、<年季の入った大きな空き缶>にいつも売上金があふれていて、大きな問題はなかった。それが、ここ1、2年は大きな空き缶が半分くらいしか埋まらず、流石のボンクラ経営者も危機感を持つに至ったのだった。


 本来であれば、ローラの夫のジョンがお目付け役になるべきだったろう。しかし、彼は<ムサシ>のコロニー機能の維持管理開発を担うエンジニアリング部の主管であり、忙しくて<魔術師の巣>の経営には携わることは難しかった。長男のスティーヴンもしっかりした青年だったが、一昨年父の背中を追ってエンジニアリング部に入り、毎日夜遅くまで帰ってこない日が続いていた。


 そこで、約3か月前に2人のボンクラ経営者は、難しい顔をして、ピーターに過去何十年も行っていない在庫の棚卸を命じたのだった。


 ピーターは、“経営者2代に渡る経営の不始末を、一介の高校生の自分に押し付けるのはいかがなものか”と、実に辛抱強く2人の経営者に説いた。そこで2人の経営者は新たな条件を出してきた。

 ピーターが棚卸を実施して、もし誰も知らない新たなお宝が出てきた場合、ピーターは自分のものに出来るという条件だった。


 不承不承引き受けたピーターは、まず経理システムにアクセスして愕然とした。

<年季の入った大きな空き缶>は約80年前から使われており、その頃から商品を買い入れた記録も、売り上げた記録も一切残っていなかった。2人の経営者を問い詰めたところ、<年季の入った大きな空き缶>からお金を持ち出して物を仕入れて、売った売上金も同じ缶に戻していた。そして、もろもろの税金や経費などもこの空き缶から出していたので、もう清々しいくらいに記録を追いかけるのは不可能だった。


 ピーターが不思議に思ったのは、約100年前から80年前までの20年間はキチンとした売上・仕入記録が残っていたことだ。先々代のマヌエル・オーケリー・デイビスは、技術者上がりでしっかりした人だったらしい。孤児だったジェイク爺さんを引き取って育てたが、ジェイク爺が16才の頃に亡くなっている。ジェイク爺さんは、子供の頃から見ていたジャンク屋商売は見よう見まねで引き継いだものの、会計処理はからっきしだったという訳だった。


 ピーターは、80年以上前のいくつかの売上記録から、<ムア(荒野)>という言葉を見つけた。その他の売上記録で同じ欄には<前部><後部>と記載されており、それがガンシップ<ファルコン>の<前部>と<後部>であることは明らかだった。何故なら、そこには現在も使っている<魔術師の巣>の商品倉庫があったからだ。


 <ムア(荒野)>とは、<ファルコン>の船外に広がる小惑星<ムサシ>の外殻のことだった。

 普通に考えると、そこに<魔術師の巣>の商品倉庫があることになる。


 ピーターは早速ローラに確認してみたが、彼女も知らなかった。

 そこで、ピーターとローラは2人仲良く前経営者に教えを乞うた。


 ジェイク爺さんは、ちょうどその時毎晩の楽しみである晩酌をしていた。その太い腕に繋がった武骨な手指で、小さなグラスに入れたウィスキーのロックを揺らして氷を溶かしながら、ウィスキーを舐めるようにして嗜み上機嫌だった。


 そして、その禿げ頭で長い髭を生やした老人は言った。


「あぁ、そこは開かずの倉庫になっちまったところだ。先代が死んじまってから誰も開けられなかった。<魔術師の巣>という名前もそこから来ている」



修正:2021/08/15

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