第3話 魔術師の巣 2020/08/30

 2000年代初頭に日本人が名付けたという小惑星<ムサシ>は、全長が110km、全高と全幅が60kmの小惑星だ。その形は、巨大な猪が伏せたような形で、猪の胸にあたる位置に、<最初の1000人>が乗ってきた灰色の全長10kmのガンシップ<ファルコン>が固定されている。


 <最初の1000人>とは、火星と木星の間に広がるメインベルト(小惑星帯)に、初めて入植した人々を指す。100年以上前、地球連邦からの独立に失敗し、傀儡政権に支配されるルナシティを飛び出して、新世界にかけた人々だ。


 ガンシップ<ファルコン>を基に拡張された旧市街は、約8万人が住んでいる。

それに対して、小惑星<ムサシ>をくり貫いて作られた新市街―――全経6.5km、全長30kmの密閉型のスペースコロニーが2基連結されている―――は、約720万人が住んでいる。


 旧市街は<ガンシティ>と呼ばれていた。


 ピーター・ネルソン・デイビスの家族が営む店は、<ガンシティ>にあり、ガンシップ時代は脱出用ポッドの格納庫だった場所だった。通称<魔術師の巣>と呼ばれている。店の正式な名前は、誰も知らない。初めから無かったのかも知れない。

 たまに、昔からの馴染みの客が<ジェイクのがらくた置き場>と呼ぶことがあったが、そちらの方が判りやすいかも知れなかった。


 店内は、中学校の体育館ほどの広さがあり、ドリルシップの旧型エンジンから、生命維持関係の設備備品、制御系のシステム、<ハードシェル>の胴体や腕だけなどが、棚やら床やらに無造作に置いてあった。


 店主は、母親のローラで、5年前まで<採掘ギルド>の腕っこきの採掘屋だった。夫のジョンは、新市街のエンジニアリング部の技術者。子供は3人、今年23才になる長男スティーヴンと、16才になるピーターとアンだった。


 ローラは、祖父のジェイクが年を取ってきたので、採掘屋を辞めて、<魔術師の巣>のオーナーに納まったという訳だった。


 ピーターは、<魔術師の巣>のいつもの古ぼけたデスクセットで、これまた古ぼけたPCの画面を前に、幼馴染に声をかけた。


「もう元気だせよ。ええやん、何とか受かったんだから」


 アンは、椅子の背を抱き込むようにして椅子に座り、ガックリと肩を落としていた。いつもはキラキラ輝いている瞳も、泣きすぎて少し赤い。


「だって、本当、お情けだよ。あれ。コンドウさん補習するの嫌だし、もう飲みに行きたかったんだよ。途中まで完璧だったのに、あのクソボットのせいで…」


 ピーターは、PCの画面に映るオークションの内容をチェックしていた。オークションは、ジャンク屋の息子としての修行であり、趣味だった。出品されている品々は、個人の不要物から、コロニー設備の払い下げ品まで様々だ。オークションと言っても、人気のある商品のそれなりの値がつくから、基本、自分の小遣い&貯金で勝負をしているピーターが競り勝つことはほとんど無かった。


 それでも、相場の勉強にはなる。ピーターは、商売人の顔になって、払い下げ品1つと、個人お出品を2つについて入札した。どちらも、落札には至らないだろう。先日身内から大きな買い物をした関係で、ピーターはほとんどお金を持っていなかった。払い下げ品については、ピーターはなけなしのお金3千円をつぎ込んだ。落札できるはずがない。オークション開始初日だから最高入札額になっているが、オークション最終日にはこの100倍・200倍で落札されるはずだった。


「ホームランを打つなら、まずはバッターボックスへ入らなきゃ始まらない」

 ジェイク爺さんの口癖をつぶやくと、入札の確認ボタンを押した。


「う~~っ」

 アンは、椅子の背もたれにオデコをくっつけて、足をブラブラしている。

構ってほしいアピールが物凄い。ピーターは、ため息をついた。


「おい、そんなショボくれた顔してねぇで、街へ遊びに行こうぜ。俺の技術と、お前の<ハードシェル>の操作センスがあれば、何が来たって大丈夫だって」


ピーターは、暗に、アンの操船技術は当てにならないと言ったが、アンは気づかず俯いていた顔をガバっと上げた。顔が、にぱっと笑顔に変わる。


「うん! そうだよね。さすがピーター!」


 ピーターは、大きくため息をついた。


修正:2020/10/11

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修正:2021/02/07

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