第2話 アンと卒検 2020/07/05
アン・ネルソン・デイビスは、スクナー級ドリルシップ(小型採掘船)の操縦桿を握りしめて、嫌な汗をかいていた。
アンは16才、今年高校1年生になった。身長160cmのスレンダーなスタイル、赤いくせ毛のショートヘア、目は大きくてくりくりしていて、小ぶりな鼻は少し上向きで、いつも口角が上がった大きめの口、活発で愛嬌のある少女だった。
アンの表情は、今日に限って真剣だった。引きつっていたと言っても良い。
小惑星<ムサシ>に住む高校生は全員、1年の1学期に、ドリルシップの構造、機能、法令、整備、運航を学ぶ。そして、1学期末の試験は、ドリルシップの運航免許取得試験になっていた。これが取れないと、2学期に進めないので、夏休みが補習になってしまう。
前回の卒検で、アンは、いわゆる「一発失格」をやらかした。試験に落ちた日は意気消沈して晩御飯が食べられなかった。夢の中まで、隣の試験官が凄い形相で、緊急逆噴射をしていたことが思い出されて何度も飛び起きた。
今回また落第すると、幼馴染と計画した夏休みの計画に支障が出るので、アンは必死だった。
アンは、試験用に宇宙空間に浮かんだ小惑星の間を、幅14m長さ25m高さ15mのドリルシップですり抜けながら、チラリと隣で非常用の操縦桿を握る今日の試験官を見た。
今日の試験官は当たりだった。スペースコロニーなんて狭い世界で、しかも生活時間帯が同じ1勤だから、この試験官は良く知っている。<メタルギルド>の品質保証課のコンドウ課長だ。眼鏡を掛けた40代の男性で、仕事中はしかめっ面でいつも書類を睨んでいる。しかし、定時後になると人が変わったように、ギルドの酒場で毎晩大騒ぎしている名物男だった。子供好きで、アンが小学生の頃から顔見知りで、いつもお菓子をくれていた。だから、今回は大丈夫なはずだった…。
「試験官、運航中ノ余所見アリデス。運航コース5%ズレ生じ修正のため、燃料無駄モ発生シテイマス。コノ集中力ノ無イ人間ハ失格デヨイト推察シマス」
アンの噛み締めた奥歯がギリリと音を立てた。何故、前回に引き続き、このクソロボットが…。
アンは、自分の後ろの機関士席に鎮座するロボットを振り返らず、試験官に苦情を言った。
「試験官、後ろのロボットを黙らせてください。試験に集中出来ません」
そもそもこの試験で、ロボットは、試験の公平性を保つために使われているに過ぎない。基本、ドリルショップの運航には、パイロットと機関士の2名が必要になるため、パイロット試験では、機関士の代わりをロボットが担当するのだ。
「試験に集中しなさい。このロボットは、古くて口は悪いが優秀なんだ。あんまり、口が悪いんで何回か調べたんだが、どこも問題ない。どちらにせよ。このロボットは古すぎるので、この試験で引退だ。来週の競売で払い下げられる」
「ア~。ヤット年季明ケデス。ハヤク新シイゴ主人様ニ会イタイ」
ロボットは、夢を見るように呟いたあと、アンの方を向いて言葉をかけた。
「タマタマ人間型ダカラダトイッテ、チョウシニノルナヨ小娘」
「あたしが、アンタに何したって言うのよ! この鉄クズ!」
アンは、思わず後ろを振り向いて、ロボットを怒鳴りつけた。そして、再び前を向いてスクリーンを見上げると、画面いっぱいに小惑星の岩肌が映り込んでいた。
アンは、凄い形相で絶叫し、小型ドリル・シップは緊急逆噴射を行った。
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