第4話 嘘
「例え話をしようじゃないか」
少女の提案に、少年は小さく頷いた。
「私はキミに一つ、とても大きな嘘をついていた。としたら、どう思う?」
「……それだけか?」
「ああ、それだけだが」
少年は少し拍子抜けした。何かと壮大な前置きからどうでもいいことを聞いてくるのがいつものパターンだったのに、こうも直球でどうでもいいことしか聞かれないと、妙な物足りなさがある。
少年の心情を汲み取ったのだろう。少女は自慢げに人差し指を振ってみせた。
「ストレートを忘れてはいけない。これはピッチャーの鉄則ではないか。数々の手札を織り交ぜ戦略を練ることによって、初めて勝負は成り立つものだ。今回の私の例え話もその一環さ」
「ふうん」
「ひどくどうでもよさげだな」
実際どうでもいい少年だった。何せ質問は変わらないのだから。
つまらなそうな顔をわざとらしく作り、少女に向けてやる。少女はというと、どこか不服そうに頬を膨らませながらも、質問を変えるつもりはないようすである。
「答えたいのはやまやまだがな。お前の言う嘘の中身が分からないんじゃ、確実な答えはできないと思うぞ」
「いいんだよ、私のことは。要は、嘘をついていたという私について、キミに思うところはあるのかないのか。それを聞いているのだから」
少年は、ちょっと困った。なぜなら、愉快な答えを返せる気がしなくなったからだ。
「何も感じない。何を感じればいい?」
素直なところを答えてみると、少女はきょとんと首を傾げた。
「そりゃあ、憤りとか、不満とか、色々とあるだろう。嘘はよくないことだからな」
「俺がお前に嘘をついていたらどうなる」
「悲しいが。だが、少し嬉しい気もする」
「よくないことなのにか?」
少女はこくんと頷いた。それから、ふと、目線を窓の外へ向けた。夕焼けに染まる空に、優しい雰囲気の漂う目を見せる。瞳にはきらきら輝く太陽が写り込んでいた。
「キミのことだから、嘘をつくのなら真っ当な理由があるのだろう。嘘をつかれるのは確かに悲しいさ、なるべくなら私には全てをさらけ出してほしい。でも、私のことを思ってつく嘘は、優しい嘘じゃないか。違うのかい?」
少年は声を出すかわりに、溜め息で答えた。少女の頭の中が思っていたよりもずっとお花畑だったからかもしれないし、さもありなんと心のどこかで思ってしまった自分がいたからかもしれない。
よく分からないことを言ってきたくせに、少女は窓の外を見つめたままだった。
答えにもなっていない答えだったが、こんな態度を取られると無視されているようで面白くない。少年はいつもより少しだけ大きな声を出した。
「俺をいいヤツにするのは勝手だが、妄想もほどほどにしておいてくれ。お前のことを考えた嘘をつけるほど、俺は器用な人間じゃないんだ」
「つまり私に嘘はつかない、と」
「そうは言ってないだろ」
「どうかな。キミの言葉をどう受け取るかは私次第だ。都合の良いようにさせてもらうよ」
少年は諦観を込めた目で少女を見た。ご機嫌そうな少女は気にしていなかった。
「やっぱり訂正だ」
「おや?」
一つ、少年の心に燃え広がった感情がある。嘘をつかれたことへの答えではなくなってしまうが、この際いいだろう。
「お前に嘘をつかれると腹が立つ。能天気なくせに頭の良さそうなことをするんじゃない、って意味でな。それでいいだろ」
「ほう。地味に傷つく言葉とセットなのは気になるが、嬉しいな」
少女はにこりと微笑んだ。眩しく美しい笑顔だった。この世全ての男を篭絡できるくらいの。
「で、結局ついているのか、嘘」
鞄を拾い上げながら言うと、少女も同じように席を立ちながら、口笛を吹くように言った。
「ついていないし、つく気もない。今後、ずっと。な」
それから少女は、ごく自然な足取りで少年の横に並び、歩き始めた。
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