第6話「人間の形」
エーデルは待たせていた天馬の鞍から大きな袋を下ろす。ロルフの鼻につんとする草木の香りが抜けていった。
「薬草を摘んできたんだけれど、運ぶのを手伝ってくれるかな」
「うん。力仕事なら任せてよ!」
「ありがとう。これは背中に載せる? それとも人間の姿になるのかな」
その問いかけに応えるようにロルフは身体を震わせる。すると赤い毛並みは木綿の服に変わり、手足はスッとした人間の子供のものに形を変えた。くせっ毛の赤髪があちこちに跳ねる。二本の足で立ち上がった瞬間、ロルフはバランスを崩した。
「お、っとと……。えへへ、あんまり人間の形には慣れてなくて」
「荒野出身のヴァラヴォルフにはよくあることだと思うよ。人間の状態ではとてもあの環境を生きていけないだろうからね」
人狼族の能力は狼状態と人間状態を切り替える、というものだ。しかしロルフは人間の姿になったことは両手で数えるほどしかなかった。くたびれた革のブーツで石畳を打ち鳴らし、彼は伸びをする。
「でも大丈夫! もう慣れてきたよ」
「うん、それなら出かけよう。ついでにこの都を紹介するよ、もう見て回っていたようだけれどね」
二人で並んで坂を下る。抱えた薬草の袋はずしりと腕にのしかかった。晴れた空を見渡すと竜や堕天使が飛んでいくのが見えた。
「僕、街っていうところに初めて来たよ。ずっと洞窟で隠れて暮らしてたから」
「ヒューゲルは君から見てどうかな?」
「すごくたくさんの色があって、皆楽しそうで好きだよ。僕、ここでご主人様に仕えられるなんて夢みたいだ」
「──そう」
僅かにエーデルの声が沈んだような気がして、ロルフはフッと顔を向ける。しかし彼女は柔らかい頬笑みを浮かべていた。
「今の時期は忙しくなるから、君にはたくさん働いてもらわなくちゃね」
「分かった!」
ぴょんと飛び跳ねた途端、つま先が石畳の段差を引っかける。そのまま前のめりになり視界が押し潰され、ロルフは情けなくきゃんと鳴いた。エーデルが袋を放り出してしゃがみ込む。
「だ、大丈夫かな? 顔から転んだようだけれど」
「人間の形は難しいよ……」
「少しずつ慣れていこう。起き上がれる? 手を貸すよ」
「ありがとう」
痛みで涙が落ちそうになるのを堪えた。ロルフはじぃんと痛む鼻先をさすり、エーデルに引き起こされる。
「もうすぐ南のアーケード街だよ。そこで手当てをしよう」
「これくらい平気。それより早く薬草を運ばなくちゃ」
地面に落ちた袋を拾い上げ、二人は再び歩き出した。
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